宝石の欠片を君に

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夏の自由研究のテーマはダイアモンド。 私は悩みに悩んだ末、決定した草案をA4の方眼用紙に書きこんだ。 タイトルは「ダイアモンドにまつわるロマン〜魅惑のブリリアンカットが生まれるまで」だ。 考えぬいた文章を黒のマジックでレタリングしていく。 「現代のダイアモンドに主になされている58面体に削る技工の事をラウンドブリリアンカットという。 これは歴史が深い。 鉱山からダイアモンドの原石を削ってきたものはそれだけでも十分美しかった。 けれど更にその上をいく加工技術が編みだされた。 単純に遡ればイタリアの水の都、ヴェネツィアで、研磨職人がオールドマインカットを開発した。 オールドマインカットは、人がペダルで研磨するという途方もない労力をかける技法であった。 だがダイアモンドには美を追求するという労力をかけるに値する価値があったのだ。 歴史を重ね進化した技術師は現代のラウンドブリリアンカットへとたどり着く。 永遠の美しさを求める人々はダイアモンドのとりことなっていく。」 どうだろう。小学6年生にふさわしい自由研究ではないだろうか。 そしてこの後「子どもにも作れるダイアモンド」と題して、ビー玉のクラック方法を載せるのだ。 淡いピンク、ブルー、グリーン、イエローのビー玉が手元にあった。 光にかざしてみると艶やかにきらめく。 雅だな、と言ってよかった。 美しいものが大好きな私は、昔から光を反射するものには飛びついていた。 林檎ジュース(微炭酸)を1口ゴクリと飲む。 私はきらめくものに囲まれていたいのだ。 心は常に美を求めていた。 それは友人についても同じだった。 だがしかし。 7月までのクラスの雰囲気は、病に罹患していると言っても過言ではなかった。 美しいとは言い難い。 ターゲットはコロコロ変わる。 とある少女が登校すると、どこからともなくヒソヒソ話が始まりクスクス笑いがおき、宙に発せられる言葉は、死ね、だった。 ウイルスを秘めた空気。 皆淀んだ笑いに感染していて誰かを傷つけることに暗い喜びを抱いている。 ターゲットはコロコロ変わった。 私に回ってきたこともあり幼なじみの大地になったこともあった。 それなりに傷ついた。 真犯人は居ないのに。 自由研究はだからこそのダイアモンドだった。 揺るぎない美を追求することで私は精神の安定をはかっている。 透明感あふれるビー玉をみてどう加工するかを考え楽しんでいる。 私、それに幼なじみの男子大地は2人で秘密同盟を組んでいた。 放課後図書室で秘密の日記を見せ合いっこする同盟だ。 2人以外の誰にも知られてはならなかった。 私たちだけの愉しみは5年生の頃から継続していて分厚い大学ノート10冊分の発展を遂げていた。 クラスが終わらない梅雨の様にどんよりしていても私たちは比較的元気だった。 独自の愉しみ方を知っていたからだ。 「れね、おはよう」 大地とはラジオ体操で朝から顔を合わす。 「大地」 幼なじみで家族ぐるみの付き合いもある大地には何でも喋っていたし向こうもそうだった。 「れねのおばさんが今日も昼ごはん一緒しないかって」 「またどうせ素麺だよ」 「おばさんの素麺はうまいんだ。薬味が山ほどのってるからね」 「そこの少年。肉を食べなさい肉を」 「じゃあカレーかな」 「ベタだね」 「ベタだよ」 3ヶ月早く生まれた私はお姉さんぶっていてまだあどけなさの抜けない大地も弟分みたいに振る舞っていた。 そんな関係が心地よかった。 大地は恋人候補ではない。 そもそも6年の男子たちは皆まだ幼くてどんぐりの背い比べだった。 私の恋人といえばいまだにパパだ。 航空自衛官をしているパパはめったに家に帰ってこない。 来たとしてもほとんど寝ている。 だがとっても素敵なパパなのだ。 料理上手でヨガが得意なママというライバルが居なければ間違いなくパパの恋人は私だった。 だからつまり私は恋というものをまだ知らない。
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