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噂をすれば影が差すとは、本当の慣用句だったらしく、忙しいパパが夏季休暇をとってくれた。
皆でプールに沈みにいくのだ。
パパの後輩が来るらしい。
結婚を控えた後輩のマリッジブルーを元気づけようという算段だ。
他には大地の家族も参加する。
土倉さんという人だった。
林檎ジュース(微炭酸)をちびちび舐めながら、ソファに仰向けになってクーラーからの涼をとっていたら、ピンポンとチャイムが鳴って私はとてもとても焦った。
ダンディな30代。
パパにどことなく雰囲気が似てもいる。
骨格のたくましさ、自衛官らしい筋肉、笑うと窪むエクボがあった。
よろしくね、と差し出された手はいかつくて私の手などもろく潰れてしまいそう。
握手した。
目をまっすぐに見つめられた。
たったそれだけの出来事で私は激しく動揺していた。
わっわっ。この人に水着見られんのかな。
ダイエットしとけばよかったよ。
摂氏10000度のマントルに至るまで深く後悔した。
カロリー満天な林檎ジュース(微炭酸)が恨めしい。
たるんだ下腹をつまむ。
今日着るのはサクランボ柄のいかにもお子様用なワンピース水着。
もっとセパレートなやつとかショートパンツとかフリルとか選択肢はあったのに。
どう間違えてサクランボ。
恋の危機感を全く感じなかった自分を呪いたかった。
お子様が喜ぶ市民のプールについた。
それなりに遊泳場は充実している。
土倉さんはサバイバル柄の水泳パンツに着替えパパとバタフライの競争を始めた。
カッコいい。一言でまとめてカッコいい。
私と大地は流れるプールでこじんまりと波をたててみたりしてプールにきた爪跡を残そうとしていた。
だが、私の視線はずっと土倉さん。
届かない領域にいる人だからどうしようもなく憧れてしまう。
大地の海パンは機関車柄で、ガキっぽさがいなめない。
主役は私たちじゃない。
土倉さんに持っていかれた。
夏の思い出の1コマを大人に乗っ取られるとは思ってもみなかった。
でも熱量を消費する割になんもしてないな私って。
「誰見てんの?」
大地がどことなく不機嫌にいう。
「別に誰も」
「何か変だよ。今日のれね」
「素麺に当たったんだよ」
「嘘つけ。毎日食べてるくせに」
「大地、いつまでも水かけっこって飽きない?」
「う」
「バタフライとは言わなくてもクロールくらい出来るようになりたいよね」
「なんなら大人用プール行ってみる?」
「行こう、そうしよう」
1番深いところで2メートルある競技用プールへと私たちは向かった。
大地の様子はいくらか変だった。
クロールの形は学校で習っていた。
上手いか下手かは別として土倉さんと同じプールにいることが嬉しい。
大人になったみたいな気がした。
パパが私たちに気づく。
「危ないぞ」
そう怒鳴っているのが聞こえた。
「れね、大地、まだここは早い」
心配したためか土倉さんが向こう岸からこちらへ平泳ぎでやってきた。
私は少しでも泳げるところが見せたくてクロールをし始めた。
水の重みを感じる。
地球の重力が水の分子1つ1つを引っ張っていて中にどぼんとのみこまれた私は前へ上へと手足でもがく。
クロールの形になっているだろうか。
無色透明な水。
プールの底が近くなる。
周囲にはただひたすら水。
順調に泳げていたのが疲れてきた。
息継ぎをしようと空を手でかいた。
ところが。
ゴボゴボゴボ。
誰かが私の右足をつかみ、水底へと引きずり降ろす。
大地?
ちょっと冗談やめてよね。
そう思って犯人をみたら、まさか、土倉さんだった。
え、ちょ、どういうことですか?
私は息継ぎができない。
土倉さんは完全にふざけていて右足を水中で上下させ、私の身体を弄んでいる。
かなうわけない。
助けて。
この人変だよ。
大地が、すっとんで泳いできた。
水中で、土倉さんのガタイにむしゃぶりつく。
「おいっ」
「てめっ」
「なにしてんだっ」
発せられた言葉が聞こえたみたいで。
「れね、大丈夫?」
水深2メートルのなにもないところから大地は私を抱えて泳ぎプールサイドへと引っ張っていった。
「れね、どうした」
パパがきた。
「なんでもない」
大地、お願いパパには、言わないで。
小声で大地にそう頼む。
「なんでだよ、おかしいだろあの男」
土倉さんはにやけながらやってきて
「れねちゃん、足がつったみたいですよ」
とさらっと言ってのけた。
大地は彼をずっと睨んでいた。
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