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天の川の隕石が全部降ってきたみたいにショックだった。
そして頭は台風18号が途中でハリケーンメアリーに名を変えて襲ってきたくらいの混乱をしていた。
でもまだよかった。
大地が火を吹く犬みたいに吠えてくれて。
大地のおかげで私が間違っていないこと、悪いのは向こうだという線引きができた。
もしそれがなかったら胃の中で混ざったカレーとヨーグルトが出てきた時くらい気持ち悪い状態が続いていただろう。
そのくらい、私はショックで混乱していた。
「パパ、私ちょっと休憩してくる」
「大丈夫か」
「うん、へいき」
私はカラ元気を振り絞って答える。
大地は女子更衣室の手前までついてきた。
「ありがとう。あとはへいきだから」
「無理しないで。僕にできることは?」
「しばらくそっとしておいて欲しい」
「わかった。どこ行くの?」
「隣接の植物公園でもみてこようかな」
「そっか。ゆっくりしなね」
「ちょっと待って大地。これ持ってて」
室内のカバンをとりにいくとそこに持ってきていたイエローのビー玉を私は大地に渡した。
「何、どういう意味?」
大地が不思議がる。
「お守り。大地も変なことされないように」
「気にしないで。僕は」
「じゃ、いってくるね」
最後まで聞かず飛び出した。
手のひらにはピンクとブルー、グリーンのビー玉が残っていた。
✦
植物公園は子どもの入園料300円である。
プールに人気を奪われたらしく閑散としていた。
白髪のおじいさんスタッフにチケットを見せて入園した。
ビー玉を空に透かしてみる。
晴れときどき曇り。
ビー玉の中に空が吸い込まれる。
美しい。
美しさは心を癒やす。
そうだ、これ、ひび割れさせるのまだだった。
私はしようとして忘れていたことに気がついた。
クラックビー玉にしたかったんだよお。
周囲をみわたす。
人はほとんどいない。
ふと立派なカメラで写真をとっている少年に目がいった。
絵になるなあ。
そう思ってしばらく眺めた。
向こう岸には古代ヨーロッパを匂わす小さな橋がある。
楕円形のレンガ造り。
手すりは茶色で風景にマッチした橋だ。
1つ1つ積まれたレンガは、黄土色、茶色、赤褐色と個性があるがけして和を乱さない。
人口川の奥には赤い花が咲き手前にはハスの葉が水面を覆う。
中でも水玉をしたためて存在感を放つのがスイレンのピーチグローだ。
蕾の内側のデリケートな部分は橙色、外側の花弁は白でグラデーションが幻想的。
硬そうなハスの葉の大群はいにしえの忍者が葉の上を抜き足差し足渡って水に落ちずに済んだかもしれない丈夫さもある。
ロマンを感じさせる公園だった。
カシャ。
シャッターの音がした。
風景にベストマッチな彼は多分私がじっと見ているのにきづいている。
でも不思議と居心地よかった。
程よい距離感。
自然の色彩。
ゆっくりと写真の彼が私の方へ歩いてきた。
私は逃げずにペコリと会釈する。
モナリザが話しかけてきたみたいな気がした。
「こんにちは。ビー玉みてるの?珍しいね」
写真の彼は穏やかに尋ねてきた。
「これ、私にとってのダイアモンドなんです」
「ん?」
「クラックビー玉っていって、中にひび割れをわざと作るの。そうするとビー玉が本物の宝石みたいにキラキラするの」
「へえ。面白いんだね。君小学生? 大人の人は? よく此処へはくるの?」
「始めてきました。親は隣のプールにいます」
「そっか。そっちが本命なんだね」
「あ、でも。此処の植物公園落ち着きますね。奇麗だし」
「でしょ。僕なんかずっーと通っててさ」
年間パスポート1000円を見せて安いでしょと屈託なく笑う彼は多分中学2年生くらいだった。
「写真、見たいです」
思いきって言ってみた。
カメラの中にはどんなセンスでどんな花が収められているのか興味があった。
「あ、いいよ」
カメラの中はハスだった。
水辺に佇む人影とハス。
太陽とハス。
夕暮れとハス。
月夜とハス、なんてのもある。
「これはナイショで園長さんに忍びこませてもらったんだ」
笑う少年は名を凪といった。
よく笑う人だなという印象だった。
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