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『コンクールで勝ちたければ、指示したとおりに曲を解釈しろ』
『一音も飛ばすな。弾け。弾け。美は鍛錬の末に辿り着く、完璧のなかにのみ宿る』
右手が震えた。自分の織物の残酷なありさまが胸に突き刺さる。
「もうやめましょう。これ以上は、織っても意味がない」
ていねいに織ったつもりの布は、ぐちゃぐちゃだった。
「あなたは機械になりたいのですか」
機を織る手を止めた僕を、彼女は青い瞳でみつめていた。
「無傷で上手なもの。確かに完璧は美しい。ですが実体は、だれかのつけた道筋を精密になぞる機械と何も変わらない。あなたは人間です。なぜそんなものにこだわるんです」
指のことを伝えたとき、先生は哀れんだ目で僕に言ったのだ。もう弾かなくていいと。
涙があふれた。
「完璧でなければ、価値がないと言われた気がしたんだ」
「いいえ、本当に価値がないのは、完璧以外に美を見出せないその先生です。壁にかかったさをりを思い出してください。完璧とは異なる美と味わいがあったでしょう?」
堰を切ったように想いが迸る。
「でもあまりに傷だらけだ。魅力があるとは思えない!」
「だからこそ、見る者の心を打つんです。あなたが指の傷と真摯に向き合い、懸命に織ったのがわかる。完全無欠の織物にはない美しさがある」
彼女の言葉には力があった。冷え切った僕の指先にも力が湧くのがわかる。
「だいじょうぶ、あなたならできる。だってさをりは、あなたの町でうまれたのだから」
僕はうごかない指でシャトルを握りしめていた。
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