さをりの森

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「できた!」  無我夢中で機を織っていた僕の声を聞きつけて、織部屋にいた人たちが集まってくる。  織り上げたさをりを広げると、ワッと歓声があがった。糸が抜けている。ほつれている。傷だらけだ。なのにことばにできないほど、美しかった。 「私はこの町が大好きです。多様な価値観や発想を、拒絶するどころか、おもしろいと喜んで受け入れてしまう、おおらかな気風がこの町にはあります。だからさをりは、この町でうまれたのですね」  彼女は僕のとなりで泣いていた。  あとで僕は知る。さをりのさは差からきている。差を織る。だから、さをり。 「また来てくれますか」  夕暮れの森で、僕らはハグをした。 「もちろん。あなたに会えてよかった」  気がつくと、ほんのすこしだけだけど、指が動くようになっていた。  うれしかった。でも、指が動かなくたってかまわない。ピアノが弾きたいと心から思った。  つぎのコンクールで勝つため? そうだ。この指で勝つためだ。でも、ただ勝つんじゃない。完璧を目指すのでもない。今度は鍵盤に、自分らしさを織りこみたいんだ。  大阪府和泉市。この町は目の開くところだと思う。傷は価値を損ねるものではない。魅力を引き出すものだと教えてくれたから。
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