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ひどい逆風に遭うと、選手たちは一旦敵味方を放棄して団結する。突風のなか懸命にペダルを踏むチノッシのひとことは、デュランのからっぽの胸にひどく響いた。
「おれたち、いったい何と戦ってるんだろうな?」
風速表示はない。サポートバイクが表示した後続とのタイム差は一分。残り十キロ。
後方からは集団内で我慢に我慢を重ね、脚を十分に温存したトップスプリンターたちが迫る。このペースならゴール直前で刺せる計算だ。デュランには彼らの心理がよくわかる。積み重ねられた数多くの犠牲。ゆずれない勝利。なにより、結果を出せない現状への焦り――。
気がついたとき、デュランは先頭集団から飛び出していた。無線が叫ぶ。
「バカが! そこで飛び出したって、お前で勝てるわけがない!」
しまった、とデュランは思った。残りの距離からして、どう考えても無謀なアタックだ。
なのにデュランは逃げる。脚がとまらない。戻れ、集団に戻れ! がなりたてる無線を引きちぎり、飲みほしたボトルを捨て、まるで急き立てられたようにペダルを漕ぐ。前だ。もっと前へ行かなくちゃ――。
デュランは先頭でコースを通過する。沿道の観客たちは歓声をあげる。歓声にまぎれて暗いささやきもきこえる。
「ヤツに期待するだけ無駄さ」
「どうせまたゴール前でつかまるんだ」
胸がえぐられた気がして振り返ると、デュランは息を呑んだ。背後には振り切ったはずの三人がぴたりと食らいついていた。アタックに即応していたのだ。
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