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コース上にフラムルージュがみえた。ゴールまであと一キロ。ここでデュランは再度アタックする。ロングアタック。実況が叫ぶ。「無謀だ!」
デュランは賭けに出たのだ。取り得のないデュランが勝つには、ロングアタックを決められるこの距離しかない。むろん三人はデュランのスリップストリームに入ろうと、血眼で追ってくるだろう。しかし、持久力を欠くパンチャーとスプリンターには命取りだ。
三人はがむしゃらに追走してくる。慟哭とも悲鳴とも雄たけびともわからぬ声をあげ、みっともなく、されど懸命に――。
そのとき四人の後方から、怒涛のごとくメイン集団が襲いかかる。ついに捉えられたのだ。猛追する選手たちの表情もやはり、苦悶で彩られていた。彼らもまたデュランの敵であり、友でもあった。
デュランにもう迷いはなかった。一心にただ前だけを見ていた。
渾身の力を込めてペダルを回す。時速はぎりぎり四十キロ。乳酸が溜まって脚がうごかない。踏めない。もう無理だ。しかしデュランは歯を食いしばる。
(まだだ。おれはまだ回せる!)
そのとき歓声にまじって声がきこえた気がした。その声はふしぎなほどよく通った。
「逃げてデュラン! だれよりもはやく!」
(あれはたしかに、マリアの声だった!)
デュランは叫んだ。全霊の力でペダルを回す。しかし背後の三人は見逃さない。即座に反応して加速する。メイン集団もスプリントに入った!
逃げるデュランと追う二百名の姿に、フランス全土が熱狂する。「がんばれデュラン! 負けるな! 逃げろ!」
――ゴールラインを通過したデュランは、ひさしぶりに笑った。
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