ぼくのすきなひと

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「俺だってがっついてねぇし」 「はぁ? じゃあすぐ下ネタふるのやめてもらえます?」  右隣りに並ぶ「たくちゃん」と呼ばれた男は、左隣りで蓮へ腕を絡ませている女のことが好きらしい。  ツーブロックに、両耳それぞれリングピアス、そして黒マスク。見た目はいかついのに、てんで中身は奥手だ。  小学生みたいに、女の嫌がることを口にしては気を引く。  同い年で異性同士。  蓮と愁の関係に比べれば、ハードルなんて何ひとつない。  ましてや誰かとその女をめぐって取り合っているわけでもない。  だからこそ、いつまでも反発することでしかアピールできないこの男のやり方は、蓮には理解できないでいる。  よそでやってくれと思う。 「うるせえよ。下ネタは男のたしなみなんだよ」 「下品な男のたしなみ、でしょ? レンレンはそんなこと言わないもん」  言わないもん、じゃない。言う価値もないだけだ。  蓮にとって価値あるものは、この世にひとつ。  愁だけだ。 「それより、蓮は二限の化学の小テストの勉強してきたか?」  黙り続けていると、集団のうちの誰かが蓮を気遣ってか、話をふってくる。 「澪ちゃん先生だから余裕っしょ」  蓮より先に、たくちゃんが応えてしまう。 「いや、でも澪ちゃん先生は可愛い顔してわりと厳しいからなあ」  集団のひとり、髪をアッシュグレイに染めた男が「うーん」と渋面を作る。  同時に蓮の眉尻も微かに持ち上がった。    
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