慣れた関係

1/1
前へ
/7ページ
次へ

慣れた関係

 予想通り、私達の関係についての噂は一気に広まった。 でも二人は堂々としていた。  親友のタヅちゃんは、私が彼との関係を隠していた事を少し寂しがったけれど、祝福してくれた。 だからと言って、クラスメイトの前で仲良くおしゃべりしたり、手を繋いだりはせず、秘密の時間の時のように、二人だけでいる空間を大切にした。  本当に仲が良かったし、沈黙も苦ではなかった。 時には喧嘩もしたし、どっちが謝るか駆け引きもした。 もちろん手も繋いだ。 キスだってした。  高校一年の夏の始まりからスタートした交際は、大学、就職後も続く。 秘密の時間、内緒の終わり、明かされた関係、慣れた関係。 変化はあったものの、彼への愛しさの原点は変わらずに私の心の中にあった。 彼の冷たい指先が触れたあの日。 心の中のまだ知らない部分が緊張した、その場所が今も変わらず彼のための場所として存在している。 「好き」と言って良かった。 私から言って良かった、と今でも思う。 「ごめん、遅くなって」 仕事終わりに、行きつけのカフェで待ち合わせ。 本を読んでいた私は、彼にもらった栞を本に挟み、彼の顔を見る。 「疲れてるね。大丈夫?」 「うん。あっ、何読んでたの?」 どうしてだろう。 彼はどうしてこんなに惜しみなく愛を注いでくれるのだろう。 「どうした?」 「ううん。疲れてるのに、会ってくれたのが嬉しくて」 微笑む彼を見て、心の安心を得る。 それを繰り返して、私は今日まで生きてきた。 「で、何読んでるの?」 「ああ。この間話した新作でね。もう面白すぎて、今日で読み終わっちゃいそう」  一生懸命努力した。 素敵な努力だった。 彼に好かれたくて、彼に嫌われたくなくて、彼の側にいたくて。 恋のきっかけを思い出せば、ほんの一瞬の出来事のはずなのに、それが私の原動力として今も私を動かす。 本当に不思議だ。 恋って、本当に。 「もう少しで、付き合って10年だね」 照れた表情で彼が言う。 この表情は、高校の頃から変わらない。 「そうだね。早いね」 「今更だけどさ、話したい事があるんだ」 「何?」 彼が緊張している。 何か隠し事があるのだろうか。 言いづらい事なんだろう。 まだ、伝える言葉を決めかねているみたい。 私は緊張する。  少しして、ようやく彼は口を開いた。 「僕らの出会いの話なんだ」 「出会い?」  彼が語ったのは、私の知らない、彼と私の出会いについてだった。 その話を聞いてすぐ、私は友人が経営するライブバーに彼を連れて行き、ピアノを弾かせてもらった。 「この曲かな?」 彼は久しぶりにピアノを弾く私の姿を見て喜んだけれど、再び聴きたいと願っていた曲を聴かせてあげる事はできなかった。 時が経ちすぎていたし、私はピアノから離れてしまっていた。 でも彼は悲しい顔をせず、 「またピアノ始めたら?」 と微笑んだ。 彼は、 「せっかくだから」 と言い、私が教えた和音を、間違える事なく一発で弾いた。 ニコニコ笑い、嬉しそうにする彼だけれど、私は彼が語った私との出会いの事がまだ気になっていた。    彼には再会したい曲がある。 そしてその曲を弾いていたのは私だった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加