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慣れた関係
予想通り、私達の関係についての噂は一気に広まった。
でも二人は堂々としていた。
親友のタヅちゃんは、私が彼との関係を隠していた事を少し寂しがったけれど、祝福してくれた。
だからと言って、クラスメイトの前で仲良くおしゃべりしたり、手を繋いだりはせず、秘密の時間の時のように、二人だけでいる空間を大切にした。
本当に仲が良かったし、沈黙も苦ではなかった。
時には喧嘩もしたし、どっちが謝るか駆け引きもした。
もちろん手も繋いだ。
キスだってした。
高校一年の夏の始まりからスタートした交際は、大学、就職後も続く。
秘密の時間、内緒の終わり、明かされた関係、慣れた関係。
変化はあったものの、彼への愛しさの原点は変わらずに私の心の中にあった。
彼の冷たい指先が触れたあの日。
心の中のまだ知らない部分が緊張した、その場所が今も変わらず彼のための場所として存在している。
「好き」と言って良かった。
私から言って良かった、と今でも思う。
「ごめん、遅くなって」
仕事終わりに、行きつけのカフェで待ち合わせ。
本を読んでいた私は、彼にもらった栞を本に挟み、彼の顔を見る。
「疲れてるね。大丈夫?」
「うん。あっ、何読んでたの?」
どうしてだろう。
彼はどうしてこんなに惜しみなく愛を注いでくれるのだろう。
「どうした?」
「ううん。疲れてるのに、会ってくれたのが嬉しくて」
微笑む彼を見て、心の安心を得る。
それを繰り返して、私は今日まで生きてきた。
「で、何読んでるの?」
「ああ。この間話した新作でね。もう面白すぎて、今日で読み終わっちゃいそう」
一生懸命努力した。
素敵な努力だった。
彼に好かれたくて、彼に嫌われたくなくて、彼の側にいたくて。
恋のきっかけを思い出せば、ほんの一瞬の出来事のはずなのに、それが私の原動力として今も私を動かす。
本当に不思議だ。
恋って、本当に。
「もう少しで、付き合って10年だね」
照れた表情で彼が言う。
この表情は、高校の頃から変わらない。
「そうだね。早いね」
「今更だけどさ、話したい事があるんだ」
「何?」
彼が緊張している。
何か隠し事があるのだろうか。
言いづらい事なんだろう。
まだ、伝える言葉を決めかねているみたい。
私は緊張する。
少しして、ようやく彼は口を開いた。
「僕らの出会いの話なんだ」
「出会い?」
彼が語ったのは、私の知らない、彼と私の出会いについてだった。
その話を聞いてすぐ、私は友人が経営するライブバーに彼を連れて行き、ピアノを弾かせてもらった。
「この曲かな?」
彼は久しぶりにピアノを弾く私の姿を見て喜んだけれど、再び聴きたいと願っていた曲を聴かせてあげる事はできなかった。
時が経ちすぎていたし、私はピアノから離れてしまっていた。
でも彼は悲しい顔をせず、
「またピアノ始めたら?」
と微笑んだ。
彼は、
「せっかくだから」
と言い、私が教えた和音を、間違える事なく一発で弾いた。
ニコニコ笑い、嬉しそうにする彼だけれど、私は彼が語った私との出会いの事がまだ気になっていた。
彼には再会したい曲がある。
そしてその曲を弾いていたのは私だった。
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