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「もし区切りが欲しいのなら、これでいいだろう。全部祓井戸に清めてもらって終わりにしよう。僕と君の関係も」
良太の指から零れ落ちたネクタイピンが、キラキラと光りながら穴の中に吸い込まれていく。何回目かのバレンタインに、デパートに長時間並んで予約までして買ったものだ。
続いて力尽きたミミズのように、そろそろとネクタイが滑り落ちる。初めて会ったショップの店員と親友のように意気投合し、二人で何時間も掛けて選び抜いた品だった。
純真で無垢なつもりだった自分の想いが穢れと断じられ、捨て去られていくようで、阿澄には見るに堪えなかった。
「もう……やっぱりおしまいなのね」
「違うよ。そもそもはじまってもいない。僕達はスタートラインにすら立てなかった。そうだろ?」
「……そうね」
爽やかに微笑み、続けざまに残った物を井戸の中へと落とそうとする良太の首に、阿澄は背後からロープを巻き付けた。
阿澄の紙袋には、良太からもらったプレゼントなど何一つ入ってはいなかった。
ただ一本。迷いとともにロープを忍ばせただけだった。
迷いを振り切った阿澄は、必死にもがく良太の首を、渾身の力を込めて締め付ける。
「……あ……あず……み……」
思ったよりも簡単に良太は意識を失い、地面に昏倒してしまった。しかし阿澄は力を抜く事なく、良太の上に馬乗りになってより一層ロープを捩じ上げた
やがて――良太は真っ青な顔で目を見開いたまま、身じろぎ一つしなくなった。
「……馬鹿。こんな終わり方……したくなかったのに」
ぽろぽろと涙を流しながら、阿澄は鉛のように重い良太の上体をずるずると引き上げた。
井戸の淵に両腕を掛けるようにもたれかけさせた後、良太の腰の下あたりに肩をねじ込み、ぐいっと梃子の原理を使って押し上げる。
「この井戸に祓ってもらうべきなのは、何よりもあなた自身だわ。生まれ変わってくる時には、もっと周りの人を大切にできる人になって。さようなら」
肩にかかっていた重みが不意に消え去ると同時に、良太の体が井戸の中へと落下して行った。
木々のさざめきに混じって、阿澄のすすり泣く声がいつまでも響き渡っていた。
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