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◇ ◇ ◇
「あんた、行ったよ!」
一方その頃、裏山に登っていく二人を見届けた宿の女将は、奥で煙草をふかしていた主人に声を掛けた。
「そうは言っても、ただの夫婦だろう。物珍しさで観光に来ただけで、大したもの捨てやしないんじゃねえか」
「甘いねあんた。あたしの見立てだと、あの二人は夫婦なんかじゃないよ。ただならぬ関係ってやつさ」
「なんだそりゃ。不倫って事か」
「多分。きっと別れ話のついでに、思い出の品を処分しにでも来たんだろう。あの年になると金も持ってるからね。それなりに期待できるはずさ」
「そりゃあ面白そうだな。いっちょう見に行ってみるか」
夫婦は連れ立って宿の裏手へと回った。
ちょうど裏山の麓に、黒々とした穴があった。と言っても奥行きはほとんどなく、暖炉のように上に向いて穴は空いているのだった。
「ほら、早速来たみたいだよ」
カラ……カラカラ……。
上から乾いた音とともに、キラリと光る何かが落ちてきた。
見るからに値打ちのありそうなシルバーの腕時計だった。
「ほらこれ、よく質屋に置いてあるやつだよ。二、三十万はするはずだ」
「本当か⁉ そりゃあすごいな。他にも来るだろうか」
言っている側から、ぽろぽろ、カラカラと音を立てながら、ネクタイピンやキーケースといった高級ブランド品が次々と転げ落ちてくる。
「こりゃあすごいぞ!」
「ボロ儲けだ!」
夫婦は手を叩いて喜んだ。
言うまでもなくこれらは、上の祓井戸に良太が投げ捨てた品々だ。
祓井戸は旅館の裏手にあるこの穴に繋がっていて、井戸に捨てられた物は全てこの場所に落ちてくる仕組みだった。
これまではごくまれにいわくのありそうな金や拳銃のような物騒な物が投げ込まれる事もあったが、ほとんどが包丁やカッターナイフ、ハサミのような小型の刃物ばかりだった。ところが最近になって、ブランド品や貴金属の類が毎日のように捨てられるようになった。いつの間にか別れた恋人のプレゼント処分場と化している事を知った夫婦は、これ幸いと手にした金品を転売し、私腹を肥やすようになった。
夫婦にとって祓井戸は、勝手に金を集めてくれる賽銭箱の役割を果たしていたのだ。
やがて――しばし時間を置いて、ドシン……ドスン……とかなり重量感のある物が転がって来る振動が響いて来た。
「今度はずいぶん大きいようだなぁ」
「一体何が落ちてくるのかしら」
夫婦は期待に目をキラキラと輝かせながら、今か今かと穴の中を覗いていた。
<了>
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