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弟
祐樹は実に上手く泣いた。泣くときは上を向いて、子猫のように丸めた手を頬に寄せながら、顔中を涙と鼻水でくしゃくしゃするのだった。
爆発的に泣いた後は、ひくっひくっと、潮が引いたように静かに肩を震わせてすすり泣く。
その落差に周りは気の毒だと思い始め、誰もが放っておけず、彼を優しく慰めるのだ。全身で悲しみを表現し、周りから哀れみを買う祐樹を、陽介はうらやましいと思った。
幼稚園で作ってきた祐樹の工作を、陽介は壊してしまったことがあった。これはわざとではなかった。リビングと和室を繋ぐ襖の前に、トイレットペーパーの芯とお菓子の箱で作られた象が放置されていて、気づかず足で蹴飛ばしたのだ。そのとき、祐樹は泣きわめき、陽介は当然、母親からひどく怒られた。
祐樹には、とにかく同情票が集まりやすい。あいつはきっと人生を、うまく渡るに違いない、一方の俺はどうだ――。陽介は自室に戻ると、近くに転がっていた、くたびれたランドセルを蹴り上げた。
陽介の祐樹に対する嫉妬からか、嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。健気に我慢していた祐樹だったが、あるとき、怒りが沸点に達し、近くにあったミニカーを、陽介に投げつけたことがあった。
予想外の衝撃が陽介の額を襲った。思わず陽介は、リビングのソファで洗濯物をたたむ母親の走り、しがみついた。一度でいいから、祐樹に叱られるつらさを味わってほしい。最初は泣きまねのつもりだったが、次第に、自分はなんてかわいそうなんだ、と酔いはじめ、本当に泣いてしまった。
「祐樹が車を投げつけてきた」と手に握りこんでいたミニカーを見せると、母親は「四年生にもなるのに、そんなことで泣いてどうするの」と突き放した。
陽介がこうも母親から冷遇されているのは、彼にも問題があった。陽介はとにかく手が早く、癇癪持ちだった。自分の思い通りにならないと、よく物に当たった。あるとき、母親に怒られている内容に納得がいかなかったのか、陽介はリビングのローテーブルを思いっきりひっくり返し、そこに飾ってあった花瓶を盛大に割った。
家庭訪問中、盗み聞きしていた陽介は、先生の自分に対する評価が気に入らなかったのか、廊下の壁を蹴り飛ばし、大きな穴をあけた。また正月にもらったお年玉の額が、姉の佳子よりも少なかったことに腹を立て、自分のもらったお年玉を袋ごとその場で破り捨てたこともある。
あまりの悪行に耐えかねた佳子がきつく注意すると、後日、彼女が大切にしていたテディベアのお腹に、はさみが突き立てられていた。
ある日、陽介は寝坊し、学校を遅刻した。当然、先生からは注意されたが、彼は納得がいってなかった。しっかり起こしてくれなかった母親が悪い――。そう考え、下校時、雨が降っているのにも関わらず、あえて傘を差さないまま、濡れて帰った。
玄関前に傘を投げ捨て、困らせてやれと、ずぶ濡れの身体でドアを開けた。びしゃびしゃのまま、靴を脱ぎ、廊下を抜ける。リビングのドアが開けると、母親が絶叫した。そして母親は「いい加減にして」と陽介の腕を掴み、家から彼を放り出したのだった。
雨の中一人ぼっちになった陽介は憤慨し、その場にあった傘を、家のコンクリート塀にたたきつけ、骨をバキバキに折った。
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