雨の日

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雨の日

 朝、陽介は眠い目をこすり、階段を下りた。一階のキッチンに着くと、母親は「自分から起きてくるなんて珍しい」と目を丸くした。コーヒーと焼けたパンの匂いが漂っている。その匂いで、ようやく目が覚めてくる。    ダイニングテーブルを見ると、祐樹がトーストをかじっているのが見えた。プイっと顔を背け、自室に戻る。長袖を頭から被り、ボロボロのランドセルを持った。そして階段をけたたましく下りる。まだ祐樹はトーストにかじりついていた。陽介はフンと鼻を鳴らし、玄関口に向かう。その途中で、母親から呼び止められた。 「ご飯は?」 「いらない」  玄関口に腰を下ろし、スニーカーの靴紐を結ぶ。 「今日、雨が降るって言うから、傘……」と、母親は赤色を基調とした花柄の傘を陽介に渡した。その傘を受け取ると、陽介は顔を曇らせる。 「これ、女物じゃん」 「あんたが壊すから。一番安いのがこれだったの」母親はむっとしながら答える。  陽介は立ち上がると、その傘をひったくり、玄関のドアを開けた。 「次、壊したら、ビニールだからね」  母親の声もむなしく、陽介はすでにいなかった。  下校時には、案の定、雨が降り出していた。陽介は宿題を忘れ、放課後も居残りをさせられていた。当然、宿題をやる気はない。口笛を吹きながら、ペンを回し、雨粒で彩られる窓ガラスを眺めていた。  バカみたいな顔で鼻をほじっていると、先生から「もういい」と、呆れられた。下校時刻から三十分が過ぎていた。  昇降口の傘立てから、自分の傘を手に取った瞬間、一人の女子生徒が目に入った。同じクラスの斎藤美奈子だった。美奈子はため息をついて、昇降口の屋根の下から、外に手を出し、雨足を確認していた。 「どうした?」美奈子に近づき、ぶっきらぼうに聞いた。 「今日、予報見てこなかったから」  陽介は自分の手元の傘を見て、しばらく黙り込んだ後、彼女にそれを差し出した。 「やるよ」 「え? 悪いよ」 「やるって。これ女物だし」と言って、彼女に押し付けると、陽介は勢いよく降る雨の中を、走り出していった。
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