赤い傘

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赤い傘

 翌日の朝、美奈子は陽介の机の前に近づき、改めてお礼を言った。顔を赤らめながら鼻の下を指でさすり、陽介は「大事にしろよ」とつぶやいた。  それを受けて、美奈子は言いづらそうに「あの傘ね……、昇降口の傘立てに置いてあるから」と顔を下に向ける。  陽介は勢いよく首を振った。 「あれは、お前にやったもんだから」 「でも……」と美奈子は眉をひそめつつ、こう聞いた。「勝手にあげちゃって大丈夫なの?」  大きくうなずきながら、「いいんだよ」と答える陽介。  良くはなかった。  あの日、ずぶ濡れで帰った陽介は、母親にさんざん怒られていた。 「でも……」困惑する美奈子。 「とにかく、お前にやるから」  頑なに断る陽介の前に、引き下がるしかなかった。  彼女に傘をあげて、数日が過ぎたころだった。放課後、陽介は自分の席で、ぽつぽつと窓に垂れる水滴を、無意味に数えていた。先生から「もういいぞ」と言われるまでの根くらべだった。  陽介は校庭を眺めると、傘という名の花がちらほらと咲いていた。その中で、ひときわ輝きを増していたのが、花柄の赤い傘だった。  きっと美奈子だ――。  陽介は思わず笑みをこぼした。口笛は、鼻歌に変わり、回すペンのスピードは増す。あまりにも勢いのつきすぎたペンが床へと落ちる。  そのペンを拾い上げると、教室のドアから先生が顔を出していた。先生は「今日は、ちゃんと終わるまで見てるからな」と両手を腰にやった。  ビニール傘を広げ、満開の笑顔で、水たまりを駆け抜けた。わざと水を跳ねさせながら、ひた走った。家につくと、玄関の前に、大きなてるてる坊主が下がっていた。表面は模造紙、中身は丸めた新聞紙が突っ込んである。あまりにも大きすぎて、気味が悪かった。  陽介は家に入るや否や、リビングに顔を出し、ソファに座る母親に「あのてるてる坊主はなに?」と聞いた。 「祐樹が作ったの。最近雨が多いでしょ」 「バカじゃないの」 「かわいいじゃない」  母親は目を輝かせる。その目が逆に陽介を腹立たせた。 「どんだけ、晴れてほしいんだよ」   呆れながら陽介が言う。 「再来週、遠足があるから」と母親が言うと、陽介は「はっ」と鼻で笑った。そして「再来週なら、再来週に吊るしておけばいいじゃん」と一言。 「心配なんだって」  母親は満面の笑み。陽介は頭を掻いて、面白くなさそうに、ため息をついた。
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