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てるてる坊主
てるてる坊主の効果か不明だが、それ以降、雨が降る気配はまったくなかった。晴れマークが続くテレビの天気予報を見て、陽介はいらいらが止まらなかった。朝、登校するときは、サンドバッグのように、てるてる坊主を殴りつけた。
ある日、学校から帰ると、不細工なてるてる坊主の下に、巨峰味の缶チューハイが置かれてあった。陽介は不思議に思い、玄関ドアを勢いよく開け、靴を脱ぐと廊下を走った。
そして、キッチンで夕食の準備を進めている母親にこう聞いた。
「玄関にお酒あるけど」
「ああ、祐樹がね……」
今度はなんだというのだ――。
「てるてる坊主にお酒を飲ませたいって」
「なんでさ?」
「知らないの? てるてる坊主の童謡」
と言って、てるてる坊主の童謡を歌い始める母親。
「てるてる坊主、てる坊主、あした天気にしておくれ、わたしの願いを聞いたなら、あまいお酒をたんと飲ましょ」
陽介はその歌詞を知っていた。
「それ一番だっけ?」
「ううん。二番。一番は、晴れたら金色の鈴をあげましょうって、いうの。でもそんな鈴ないから、お酒をあげるんだ、って祐樹が」
バカらしい――。とため息をつき、キッチンを後にする陽介。和室の畳に、うつ伏せに寝転がり、画用紙にてるてる坊主の絵を描いている祐樹。
襖から顔を出し、「おい、祐樹」と声をかける。祐樹は無邪気な顔を浮かべ、「なーに」と振り返った。
「てるてる坊主、外せよ」
陽介が言った。祐樹は当然、「いやだ」と首を振る。陽介は和室に入ると、しゃがみ込み、祐樹の頭を撫でた。
「頼むよ。このせいか、わからないけど、雨が降らなくて困ってるんだよ」
「にーちゃんは、雨降ってほしいの?」
ぎょっとさせ、陽介は顔を赤らめる。
「雨降らないと、いろいろ困るんだよ。草や木も枯れちゃうだろ?」
「遠足いくまで、外さない」
祐樹は、頬を膨らませ、画用紙に落書きを始める。
「なぁ、てるてる坊主の三番知ってる?」
「しらない」
「教えてやるよ」
「うん」
「三番の最後はな、もし雨が降ってたら……」
「降ってたら?」
「てるてる坊主の首を、ちょん切るんだよ」
そう言って、祐樹にすごんだ。祐樹はその顔を見てわんわんと泣き始める。
「もうっ」と母親が近寄ってきて、陽介を怒鳴りつけた。
「また、泣かせて」
「てるてる坊主の三番を教えただけだよ」
母親は聞く耳を持たない。そして陽介に構うことなく、「よしよし、怖くない」と、祐樹を抱きしめる。そのやり取りをみて、彼の心にもやもやと黒いものが渦巻く。
「いいか、祐樹。一度でも雨が降ってみろ、てるてる坊主の首をちょん切ってやるからな」と陽介が叫ぶ。
祐樹はさらに泣いた。
「あんたいい加減にしなさいよ」
母親は陽介を睨みつける。彼は舌打ちをし、和室を後にした。
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