0人が本棚に入れています
本棚に追加
好きな人
美奈子に好きな男子がいると知ったのは、祐樹の遠足が迫った、ある日のことだった。給食の時間、陽介はクリームシチューのじゃがいもを意味もなく、スプーンで砕きつつ、女子たちの噂に聞き耳を立てていた。
「見たよ見たよ、昨日も光輝くんと一緒だった」と一人の女子生徒がはやし立てる。「違うよ、帰り道が一緒なだけ」と美奈子は否定するが、まんざらでもない笑みを浮かべていた。
もう一人の女子生徒が「隣のクラスの子が、日曜に二人で出かけてるの見たって」と頬に両手を当て、恥ずかしそうに声を上げた。
「あれも、文房具を……一緒に……」
「文房具ぐらい、一人で買いに行けるよね」と女子生徒二人は「ねー」とうなずきあった。
シチューの底にスプーンを、カンカンと突き立てながら、陽介は気が気ではなかった。
放課後の掃除の時間だった。教室の後方に寄せられた机の上に陽介はあぐらをかき、床をほうきで掃除する三人の生徒たちを見ていた。
「いい加減、手伝ってよ」
一人の女子生徒が陽介をにらみつけた。しかし、不貞腐れながらプンと顔を背け、「光輝が俺の分までやってくれるってさ」と吐き捨て、長ぼうきを持つ光輝を見た。
彼は「そうだな。僕が二人分やるから」と大人の対応。女子生徒は、何も言わず掃除を再開した。
陽介は光輝のその態度が気に入らなかった。そっちから、手伝ってくださいとお願いされれば、やってやらないこともないのに。
その後はまるで陽介などいなかったかのように、掃除は滞りなく進んだ。まるで初めから陽介など必要ないといった風だ。
いらだちが頂点に達した。
「じゃあ、ごみを捨ててくる」と、一杯になったゴミ袋を二つ持つ光輝。そこで陽介は机の上から飛び降りると、「俺も行く」と叫んだ。女子生徒は「どういう風の吹き回し?」が目を丸くした。
ゴミ袋を片手に、教室を出て、光輝と一緒に廊下を歩いた。校舎裏のゴミ置き場まで、二人とも無言だった。
大量の袋で埋め尽くされているゴミ置き場を前に、陽介はしゃがみ込み、袋を結わいている部分をほどいた。「ああ、いいんだよ、袋ごと捨てれば」と光輝が忠告した瞬間、陽介は彼にめがけて、ゴミ袋の中身を勢いよく、ぶちまけた。
ゴミだらけになった光輝はただ唖然とし、陽介を見ていた。そのまま、何も言わず陽介は走り出した。ざまあみろ――。陽介はほくそ笑んだ。
教室に戻ると、女子生徒から「光輝くんは?」と聞かれる。「しらねぇ」と笑顔を作り、そのまま教室を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!