青の落下水・ドロップス

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 気が付きたくなかった。  恋に落ちた。そう自覚した瞬間に、失うことが確定した恋。  ほら、階段を転がり落ちていく、僕の運命。  わずかな血痕を残して。  クジラは自分に耳があることを知らない。  一生知らずに死んでいく。  僕も知らなければよかった。  決して叶わぬ恋。想ってはいけない相手。  そんなこと、一生、気が付かなければよかった。 「スガちゃん、頭良いんだからさ、あんまり思い詰めるなよ。テスト、次は大丈夫だって」  ミキがなぐさめてくれる。  もしかして、これを言うために模試を抜けてきてくれたのだろうか。  僕は分かってしまった。たとえ偏差値が上がっても、難関校のA判定が出ても、僕の欲しいものには届かない。  手の中で、ミキの口の中に入れそびれたあめ玉が、溶けてべとつき始める。  甘い汗をかく。 「とかいって、俺もさー。水泳で高校行けるほどじゃないしさ」  今日も、いつも通りの練習をしてきて模試に遅刻したのだという。 「飛び込み台に立つ直前が一番やばいんだ。もう逃げたい。ちびっちゃいそうでさ」  世界が自分に牙をむく瞬間。 「だけど、あそこに立つためなら、何を差し出しても良いって、そういうふうにも思う」  ミキは身を起こし、数段下から僕に向き直った。 「あそこに立ってしまえば。飛び込み台に立ってしまえば、あとは水が待ってる」  ミキは地上を捨てるのだ。
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