39  不正規戦闘戦

1/1
前へ
/46ページ
次へ

39  不正規戦闘戦

森全体がざわついている。何か巨大なものが粛々と森の中を進んでいるのだ。 「アジーラ、用意はいいか?」 「ああ、トラップは仕掛けた。やつらきっとたまげるぜ」 「たしかにな。だがそいつを見届けてる暇はない。何しろ百万の大軍だ。五百人が手分けしたって手なんか足りねえからな」 「まったくだ。そんじゃ、急いで次のところに」 「しかしよくこんなことを思いつくな、あのガキ」 「ただの冒険者じゃないのかもな」 二人の影はそうして闇の中に消えていった。 「森のはずれに敵影!人間です」 「ふん、こんなところで待ち伏せか。森の中は魔物の領域だ。それを素人どもが…。おい!豹魔ベルーガ!何人いる?」 「およそ五百」 「たった五百人でわれら魔族、魔獣あわせて三万を相手するだと?しかも森の中でか。まったく愚かとしか言いようがないな、人間というものは」 「蹂躙させましょう」 「時間はかけるな。やれ」 魔王軍は森の中を一斉にその五百の人間に向かって駈け出した。あっという間に回り込み包囲した。豹魔と言われる魔獣戦士が最初の人間にその鋭い爪をたてようとしたとき、それは起きた。 「な、なんだ!」 「か、身体が…溶けるっ!」 「ああぁぁ」 もの凄い咆哮がそこらじゅうから聞こえ、そして消えていった。 「なぜだ…」 それが最後の声だった。 「どうやらケドラスの森の魔物は全滅したようよ?」 「じゃあ次だね。トラップの状況は?」 「おおかた設置済みだ。あとは魔王軍の進路だけ残っている」 大きな作戦地図を前にぼくらは戦況をじっと見ていた。ぼくらはいま魔王軍に対して不正規戦闘(ゲリラ)戦を仕掛けている。大軍に対し、少数で戦うにはこうした戦術が有効なのは、かつてベトナムでアメリカが敗北したことで実証されている。 「しかしあんたとんでもないことを考えるわね。冒険者たちやあたしの力を利用して魔王軍を各個撃破しようなんて」 「それもこれもあなたがぼくを襲って来たおかげで思いついたんですよ、エルガさん」 「あんたがあたしの隠れ家に現われたときも驚いたけどね」 黒衣の女魔導師エルガは呆れたようにマティムを見た。 「またぼくを狙うのはわかってましたから、なら近くにいるんじゃないかと思って。リエガが見つけてくれました」 「そいつが?まさか」 「このリエガはこう見えても獣人なんですよ。一度嗅いだ匂いは忘れないんだそうです」 「匂い?ヤダ、あたし臭い?っていうか獣人がなんで」 「とってもいい匂いですよ、おばさん」 「おばさん言うな」 二人が笑っている。ああ、説得できてよかった。確かに彼女は自暴自棄になっていた。見境のつかないまでに自己の憎悪は膨れ上がっていたのだ。自らの魔力を暴走させ、その強大な力と自らの肉体をもってぼくを殺し心臓を奪い、さらにその力を増幅させ魔王軍もろとも魔王を殺すつもりだったという。 「報せのものによると、魔王軍は進路を変えたらしい」 領主兼町長のエドモンドさんが小さな羊皮紙を見てそう言った。 「どこに向かってるんですか?」 冒険者組合の支配人マーサーさんが不安そうにそう聞いた。 「ああ、ここだ。百万の魔王軍の軍勢がこの町に向かっている」 「なんですって…」 魔王軍の中枢に、どうやら勘のいい奴がいるらしい。最初来た魔獣をやっつけて、そのあと目的不明の部隊がやってきた。この町がそれですぐに反抗拠点と判断できるなど、並の頭脳じゃない。しかも全軍を向けてくるなんて…いやあ、やりやすくなったな。 「これはチャンスですね。打合せ通り避難をしてください」 「町の人間はあらかた避難が済んでいる。きみの言う通りにね」 「ではみなさんも」 「きみはどうするんだ?」 「ぼくはここでできるだけ時間を稼ぎます。ですからみなさんはなるだけ早く」 「わかった。子供のきみに頼るのは大人として情けない話だがな。でも無理はしないでくれ」 もちろん無理をするつもりはない。危なくなったら魔導師エルガの空間転移で逃げられるし、それに魔王軍が狭いこの地域に集まることの方が重要なんだ。 「いざとなったら船で逃げますよ」 そうぼくは大きい声で言った。 「魔王軍の一部が罠に入って来たわ。どうする、マティム」 「もちろん攻撃あるのみです。やつらがここに来るまでに半分以上は減らしましょう」 「大した自信ね。まああれならそう言えるのかも」 「じゃあお願いします」 「わかったわ。空間を開くわ。すぐにぶち込んで」 エルガは魔力で空間を操作できる。魔王軍の予想進路に設置してあるトラップが反応すると、その位置を知らせてくる。そこにエルガが開けた穴から直接ぼくの暗黒魔法をぶち込む。五百人の冒険者たちがいま命がけでそのトラップを設置しているのだ。 魔王軍は翻弄されつつある。どこからともなく暗黒魔法が撃ち込まれ、一万、二万と兵が溶かされていくのだ。 「グレン将軍の第五軍壊滅!」 「サバダ将軍の第八軍壊滅!」 「イワンダ将軍の第十軍壊滅!」 つぎつぎに報告が入ってくるたびに被害は拡大していく。 「いったいどうなっておる!」 ゴリエス将軍が死んだいま、第二軍のオースィン将軍が全軍の指揮を取っていた。それがあられもないほど狼狽している。どんな方法で攻撃されているか、それすらもわからないでいるのだ。 「ファギリス将軍隷下第七軍、オービデア将軍隷下第四軍…壊滅…」 ついに魔王軍は半分にまで、減らされた。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加