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41 空挺降下
空挺降下とは敵の背後や要衝にパラシュートやグライダーで降下し攪乱や制圧を行う戦術だ。いまやつらは大型の翼竜に乗ってそれを行おうとしている。
「ぼくがゲームでやっていた戦術だな。『兵は拙速を聞く』っていうやつだ」
「なによ、それ」
「戦いは早い者勝ちってこと。むかしの人の言葉さ。いくさの名人でね。孫氏っていうやつさ」
「知らないわね、そんなやつ」
そりゃそうだ。そもそもこの世界に空挺降下っていう発想はないはずだ。孫氏の思想だってないのに。本格的な戦術単位として運用したのは1931年の旧ソ連だ。
「それには後があるんだ」
「その孫氏ってやつの言葉に?」
「そう。『いまだ巧の久しきを睹ざるなり』ってね」
「どういう意味よ?」
「どううまく戦おうと、そいつが長引けばヤバいってことさ」
「ふうん。うまく戦えば長引いたっていいんじゃない?」
「それはおバカさんのやることさ。消耗戦に突入したら後戻りできず、どちらも疲弊するまでやるしかなくなる。勝っても負けても地獄さ」
「あんたほんとに子供なの?」
エルガは不思議そうにぼくを見た。まあね、知恵はあるんだよね、子供でも。
「翼竜が来る。ここに降りるつもりらしい」
ジェノスがそう言って来た。リエガも戻ってきている。いまこの町に籠っているのはこの四人だけだ。
「どうする?魔法陣を展開する?」
「いやまだだ。やつらは全滅させなきゃならない。全部を降下させる」
「きわどいわね。まああんたのことだから、何か考えがあるんでしょうけど」
「エルガさんはすぐに転移できるよう準備して」
「わかってるけど、あんたほんとにすごいこと考えるのね」
「そら、来るよ」
大型の翼竜がゆっくりと羽ばたいて降りてくる。背中と腹に兵を乗せている。一匹につき約百の兵。そいつが三十匹もいる。
「第一層通過」
「第二層も通過したよ!」
「第三層に!いまだマティム」
「魔法陣展開!」
空中に魔法陣が展開された。それに捕まった翼竜たちが魔族兵とともに消えていく。
「なんで空中に魔法陣が現れるんだ!」
「おかしなことが起きている!」
「ありえん!空中に魔法陣など!」
「下降できん!上空に逃げろ!」
「これは…下向きにも有効なのか?」
「両面の魔法陣?そんなバカな…」
騒いでももう無駄だ。第三層まで降りてきてしまったんだ。もう引き返せない。魔法陣は普通地面に描かれる。空中に描かれたものなどこの世界では存在しない。だがぼくはあえてそれをやった。もちろんエルガの力を借りてだ。
「エルガさん!今だっ!転移を」
「まかせて!」
それはとんでもない光景だった。町ごと転移したのだ。町のあったところはもはや何もなかった。そこをとんでもない光とエネルギーが襲った。まさにすんでのところだ。町のあったところで大爆発が起きたのは数秒もしないうちだった。
「やべー、あと少し遅れたらみんな消滅してたところだった」
「ふん、あたしにお礼を言いなよ、ガキンチョ」
「はい、ありがとうございます、大魔導師エルガさん」
「助かった、すまないな、エルガ」
「おばさんすっごーい!」
「ま、まあなんてことないわよ。それよりこれどうすんの?町はこのまま空間においとくの?」
「いや即刻元に戻してほしい」
「またあの極大魔法が来るかもよ?」
「来たらそのときは空間転移を。できますか?」
「まかせておけ。だがなんでそんな面倒なことを?」
「ぼくらを見ていてほしいんですよ、魔王軍に」
「そうか…そういうことか」
この後なんどか極大魔法が撃ち込まれたが、ぼくらは難なく転移し、そしてまたもとのところに帰っていた。やがて業を煮やした魔王軍が襲って来たが、これも魔法陣によるトラップで次々と消えていった。
「さあて、そろそろ反撃と行きますか」
「重力レンズっていうやつだな?まかせておけ」
「じゃあジェノス、お願い」
「心得た」
ジェノスは巨大な石盤を持ち上げ、それを魔法で飛ばした。エルガが空中に展開させた重力レンズでそれは加速され、はるか離れた場所に飛んでいった。ぼくの暗黒魔法を石盤に封じたものだ。それが地面に着弾すれば、とんでもないことが起きる。
そうしてそれは、町から遠く離れたところにまず落ちた。そこは魔王軍の本陣だった。
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