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42 敗北の予感
粛々と魔王軍第三軍のエドメス将軍隷下が川をさかのぼっていた。もうすぐ町だ。見張りもいないようだ。いまなら仕掛けられる、そう考えるのは自然だ。まあよほど訓練され規律を重視する軍なら別だけどね。
「将軍、ここから見るに町に攻め込むには絶好の好機かと」
「しかし魔王さまのご命令はここで人間を生け捕りにせよと」
「魔王さまとて見落とすこともあるのでは?この攻め口こそ勝利の入り口と。つまりやつらが脱出するところはすなわちやつらの弱点」
「むう、先ほどから見るに、翼竜たちの降下がなされておらん。みな空中で消えている。よほど強い結界を張っているのだと思われる。だがそれはこちらにはない、ということだな」
「その通りです。脱出口だからです。ここからなら易々と侵入できるでしょう。そうすれば魔王さまもお喜びに」
「そうだな…。多少お言いつけに背いても許されるか」
「御意に」
「では全軍で侵攻!」
こういうやつが一番ダメなやつだ。臨機応変は兵の基本だが、命令違反はどうしようもない。この場合斥候をたてて偵察させるくらいにしておかないとね。あくまで命令は人間の捕獲なんだから。まあぼくもそういう予想を立てて作戦立ててるんだ。期待にたがわず逸脱してくれてぼくはとてもうれしいよ。
「将軍…」
「なんだね?」
「川底に何かあります」
「なんだと?」
「将軍、われわれは嵌められました。これは遅延性の魔導方陣です。かなり大きい」
「どういうことだ?」
「魔法陣よりより強力な、罠です!もうすでに全軍が収まっています!」
「バカな!」
一瞬で一万の兵が消えた。あらかじめマティムが仕掛けておいたのだ。
「魔王さま…第三軍…エドメス将軍が…」
「死んだか?」
「はい。兵もろとも…」
「なんということだ」
そう、なんてこっただ。これは間違いない。きっとそうだ。こんなおかしな戦いをするやつなんてそう居るもんじゃない!
「これより極大魔導を放つ」
「しかし翼竜の空挺が」
「もう全滅している!見えんのか馬鹿者」
「あ、あれ?」
魔王の極大魔法というべき魔導の巨大なエネルギーが上空に放たれた。それは弧を描き、正確に町に落ちていく。
空気もすべて燃えるような高熱のエネルギーだった。そこにあるものはすべて焼き尽くされるはずだ。灼熱の溶岩と化したその地盤は、やがてゆっくりと冷え、真っ黒な金属化した大地に変わっていた。すると急に町がそこに現われた。まるで何ごともなかったように。
「魔王さま、町が!その、まだあります…」
「どういうことだ!いったいどうなっている?焼き尽くせなかったというのか?」
「し、しかし火災を起こしているところもないようですが…まったくの無傷です」
「もう一度、だ!」
それは再び大きなエネルギーの束となって打ち出された。それもまた同じように弧を描いて町に落下する。先ほどと違うところは、そのエネルギーの塊は、さっきとは比べ物にならないくらい大きく強力なものだということだ。強大なそれは、岩盤近くまで掘り下げていった。そこにはもう町はなく、巨大な穴が空いているだけだった。
「さすが魔王さま、やりましたね!」
「いや、アストレル…まだだ」
「はあ?」
そこには信じられない光景があった。大きな穴はすでになく、また街がそこにあったからだ。
「なんで?」
魔王はそう言った。そう言うしかなかった。ありえない…こんなことはありえない!
「いま一度、撃つ!撃ち終わったらただちに全軍で総攻撃をかけろ!あれはきっと転移魔導だ。転移直後なら防備もない。つまり無防備ってことだ。蹂躙せよ!」
「かしこまりました!この『暴風の青髪』アストレルが一番槍をお目にかけましょう!」
「ふん、そう言って出遅れるなよ?このわたし『赤髪の竜人』ファリエンドさまに追いつけるかな?」
「いいだろう、どちらが魔王さまの一番の家臣かお見せできるというものだ」
「恥をかくなよ、青髪」
「ぬかせ、赤髪!」
魔王が三度大魔導を放った。それはいままでのと比べられないほどの魔力を込めたものだった。もはやそこに大地は存在できないだろう。だがすぐにそれは否定された。忽然と町が現れたからだ。魔王軍はもう死に物狂いとなった。冷静さを失ったと言える。敵がなぜそういう消極的戦法を取っているのか考えたとき、見えてこなければならないものがあるのだ。
「われこそは『暴風の青髪』アストレルである!心得あるものはかかってまいれ!」
アストレルの乗った火焔地竜サラマンダーは爆炎魔法を口から吐きながら高速で進んだ。重戦車のようにもはや止められるものはいない、とそう誰しもが思ったときそれは起きた。町の手前に張り巡らされたクモの巣の糸のようなもの…。暗黒魔法で作られた暗黒の糸だ。触れればどんな肉体でも金属でも無事では済まない。サラマンダーは無残にもいくつもの肉片に斬り刻まれた。
「こ、これは…」
アストレルは身動きすらできなかった。そこらじゅうにそれがあったからだ。
「アストレル!どうした!」
「来るなーっ!」
その声は届かなかった…。『赤髪の竜人』ファリエンドはその豊満な肉体を大地に散らした。それは糸に触れてあっという間の出来事だった。声ひとつ出せなかったようだ。
「なんという…」
それだけではなかった。アストレルの目に映ったのはそれは異常な光景だ。
「糸が…動いている?はあ?」
一瞬にしてアストレルは糸に斬り刻まれていた。糸が魔族を感知し、攻撃するのだ。これにより襲って来た魔族の兵の大半を撃破した。あとはもう魔王軍の本陣にいるものだけだった。そこに例の石盤が飛来してきた。
それは原子を破壊する魔導方陣が仕込まれている。あんな距離から飛ばしてくる魔導もすごいが、いちいち爆裂を伴うこの石盤の威力はケタが違った。一瞬にして数百の兵が吹き飛ばされる、それが随所で起きているのだ。
「なんだ、これは…」
それはもはや一方的な殺戮だった。
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