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43 魔王、怒る
敗北は決定的だった。だがこの戦場で、のはなしだ。まだ北と南に百万ずつ、あわせて二百万の戦力がある。ここは一時撤退だ。ひとつの勝利、ひとつの戦場にこだわるほどあたしは愚かではない。
「全軍、退却!のろのろしてると置いてくわよ!」
そう言ってついてくる者はもう少ない。アストレルもファリエンドも討ち死にした。側近はすべて死んだ。もうあたしひとりなんだ。でもまあそれもいいじゃない。もとからみな殺すつもりなんだから。人間を滅ぼして魔族も滅ぼす。誰もいない清々しい世界にしてあたしも死ぬ。そうよ、お兄ちゃんのいない世界なんていらないのよ!
「いやいやそうじゃないわ」
その前にあたしが死んでどうする?すべてを滅ぼす前にあたしが滅んでどうするのよ。そんなのフェアじゃない。正しくない。そんなのインチキだ。嘘っぱちだ!ありえないありえない。くっそー、みんな死んじゃえっ!
「魔王さま!人間の兵が!」
「なんですって?」
「およそ…一千万?なんでこんなところに?」
「一千万の兵?」
それもありえない!なんで?なんで気がつかなかった?そんなにいたのになんで気がつかなかった?ああ、わかった。あいつらね…。あいつらが仕組んでたんだ。はなからこれを…決定的な勝利にするために…あたしを殺して…この魔王のあたしを殺して、そして魔族すべてを殺すために!はかられた!やられたわ。まるっきりの作戦負け。ああ、そうなんだね…あたしは負けたんだ。ふん、すごいやつがいるじゃない。お兄ちゃんにも引けを取らないわ。いえ、まるでお兄ちゃんのようよ。でも許せない。お兄ちゃんのまねなんか、あたし絶対許さない!
「ふふふ、仕方ないわね…まあどうせこうなるんじゃないかと思ったけどね、さっき」
あたしは魔王としてのプライドと、魔族の王としてのプライドをかけて戦うわ。いやそれしかないし。
「道を開けなさい」
あたしは生き残った魔族どもをさがらせた。あたしはあの町に行こう。
「ついてくるな!」
ついてくる魔族に怒鳴った。それは渾身の怒りを伴った。魔族の誰もが震え上がり、そこで止まった。そう、それでいいのよ。いい子たちね…もうお帰りなさい。あたしは決着をつけに行かなくちゃならないの。それは勝利にこだわるとか、そういうんじゃない。あたしの、魔族としてのプライドよ。でも結局あたしが勝つんだけどね。
ああ、アストレルの死体かな、あれ。青い髪が残ってるわね。さようなら、アストレル。嫌いじゃなかったわ。まあお兄ちゃんほどじゃなかったけどね。そしてファリエンド…さようなら。真っ赤な鎧…真っ赤な髪…。せっかく自慢のプロポーションだったのに、ひき肉になっちゃったなんてまるっきり皮肉ね。クモの糸かあ…ゲームであたしさんざんこれにやられたじゃない。まさかこんなとこで再びこれにやられるなんて、まったく思わなかったわ。
「ディスコネクト…」
魔導で糸は切った。なあに、大したもんじゃないじゃない。なによこれ。腹が立ってきた。こんなもんであたしのかわいい部下を殺したなんて。
あ、地雷ふんじゃった。チッ、仕方ないな。
「消えろ」
こんなもの軽く消せるのに…多くの魔族や魔獣をこれで失った。ますます腹が立ってきた。もう町は目の前。いい加減にしろとだけ言ってやる。そして殺す。それから一千万だかの人間たち。あたしひとりで充分だわ。みんな殺す。ちょっと早いけど世界を消滅させるわ。もういい加減飽きた。殺すのも殺されるのもいい加減嫌になった。もう、自分の心を押し殺すのも嫌…。とっととこの世界を終わらせて、あたしは無になりたい。もうお兄ちゃんのいない世界にいたくない!
「さあ、魔王さまが直々に来てやったぞ!エルガ、いるんだろう?出てきなさいよ」
「メティア・ドーゼスさま!…いいえ、魔王さま…」
町の中から体の大きな若者が出てきた。体の色を変えているが、こいつ魔族だなと一目でわかった。
「あんた魔族ね?名前は?」
「ジェノシウシスコルサイムと申します、魔王さま」
「コルサイム?父の側近だったアザンコルサイムの息子?」
「さようでございます。あなたに殺された父の息子です」
「あきれた。あんたあたしにまさかの敵討ち?笑うわ、ウケる」
「魔王さまには笑いごとでもわたしには笑えないことでございます」
「そうね、ごめんなさい。ただ、あまりにも古臭いので」
「わたしもそう思います。わたしはもとより復讐だの仇だのに興味はありません。あるのは強くなること。ただそれのみを考え戦っていました…ですがあるとき…」
「ねえそれ長くなる?」
魔王は呆れたように言った。まあ普通ならそう言われたら怒りそうなもんだけど、ジェノスはいたって冷静だった。
「失礼しました、では構えていただけますか?」
「あんたあたしと戦うっていうの?マジウケるんですけど」
「構えろ!魔王!」
「ジョーダン、ポイよ」
あっという間にジェノスは吹き飛ばされた。うわ、けっこう飛ばされるんだ。
「よくもやったな!」
「なにあなた?」
「獣人リエガだっ!ジェノスの仇だ!」
「いやあの魔族死んでないし」
「やかましい!」
「バーカ」
「にゃああああああっ!」
あーあ、リエガも吹き飛ばされてやんの。まあ寸前でエルガが魔導で庇ってやったから、ふたりとも命の心配はないね。
「ねえ、出てきなさいよエルガちゃん。コソコソ隠れてないでさあ」
「久しぶりね、お嬢ちゃん」
「まったくあんたのせいでろくでもないわよ」
「あら、あたしのせいじゃないわ」
「じゃ誰よ?こんなことしでかせるのはあんたしかいないじゃない!なめてんの?」
「怒んないでよ。あたしだってちょっと信じられないんだから」
「どういう意味よ」
「ほら、そこにいる子よ。年はあんたより少し上みたいだけど、ガキはガキね」
「はあ?」
あたしがそこで見たものは何だったんだろう?銀色の髪をし、深い緑色の目をした美しい少年…。いやマジ天使かと思ったわ!
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