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44 天使と一騎打ち
ないわー。そらマジないわー。ここで天使ちゃんが出てくるなんて。神は傍観者じゃないの?あたしがどう蹂躙しても出てこないんじゃないの?ああ、あたしの敗因はこれだったのね。天使ちゃんじゃ勝てねーわ。
「まいったなあ。まったく神も卑怯だわね。こんな奥の手を使うなんて」
「お前が何を言っているかわからないが、お前に許しを請う時間は与えよう」
え?なに言ったこいつ?あたしにいま何言った?許しを請う?誰が?いやまさかあたしが?ジョーダンきつ!
「あんたねえ、そういう時代がかったセリフ、やめてくんない?」
「そうか?一度言ってみたかったんだけど」
「いや気持ち的にはわかるけど…」
「なら…懺悔し己の罪を悔い静かに死ね、がいい?」
「なにそれバカなのあんた!」
「バカ言うな」
「だってバカでしょ」
「初対面で失礼なやつだな」
「いま殺しあおうってやつが初対面気にするか?ふつうありえないんですけど」
「それもそうだね」
「ずいぶん素直ね」
「よく言われる」
なんだこいつ。ちっとも強そうじゃない?だって天使ちゃんなんでしょ?おっかしいなー?うーん、調子狂う。
「まあいいわ、お遊びはこれまで。さあ死になさい」
超高温のエネルギーのシャワーよ。全身くまなく浴びてこんがりと焼けなさい。ああ違うわね。灰も残らないんですもん、こんがりなんて焼けないわよね?
「熱い!」
「え?え?」
「熱いじゃないかいきなり!」
「熱いって…それだけ?」
「ほかに何がある!かゆいとかしみるとかなかったし」
「あー、そう」
あれ?おかしいな。そうか!天使にはエネルギー攻撃は効かないんだわ。ああ、あたしって何てなんてドジなのかしら。そうよね。天使ちゃんは普通の人間じゃないんだからね。
「ならいいわ。あんたも使える暗黒魔法よ?そもそもなんで天使が暗黒魔法を使えるか不思議だけど、その答えもあんたもあたしも死んじゃうから聞けないわね。はいさようなら!」
それこそ暗黒と言っていい魔法だ。それはすべてを破壊し呑み込む魔法。もちろん魔王本人もただじゃすまない。おそらく自爆するつもりだったんだ。すべてを消し飛ばして、きっとせいせいして死ぬつもりだとぼくは思った。急速にその大きなブラックホールのようなものは膨れ上がりすべてを…もちろん光や時間まで呑み込もうとした。
「やめなよ」
そうぼくは言った。無駄だからだ。この世に物質がある限り、それと真反対な物質もまたある。ぼくはそれを操れた。いつも火を消してしまうのは、火の反対があるからだ。ぼくの言葉と同時にそれは消滅した。
「なんで消せるの⁉︎いえ、あんた何者?天使?」
「ちがうよ。ぼくはいちおう勇者だよ」
あ、あーそういうこと!勇者…あー忘れてたわ。勇者ならうなずける。どうにも相性が悪かったからね。こいつ、勇者だったんだ。参ったなあ。
「あーびっくりした。なーんだ、あんた勇者なの。マジビビったわ。天使と思っちゃって。まあそれならちょっとは安心したわ。勇者なら殺せるじゃない。だってどうあがいたって人間なんだもん」
「いかにもぼくは人間だけど、黙って君に殺されはしないぞ。死ぬのはもうこりごりだからね」
「まあ言ってなさい。どこから来るのかしらその強気…えーと、え?ごめん、もう一度言ってくれない?」
「いかにもぼくは…」
「い、いやそうじゃなくて終りの方…」
「あ?えーと…死ぬのはもうこりごりだから」
「んー…えーと、意味わかんない」
「だからー、一回死んでるから、もう嫌だな、と」
「あんた言葉の意味わかってる?学校ちゃんと行った?」
「い、いや、学校というものは行ったことなくて…」
「はあ?なにそれ!」
あたしはここで気がつくべきでした。学校にも満足に行ってないこんなガキが、こともあろうに魔王のこのあたしを負かしたってことを。でもそのときのあたしは悔しくて、とにかく悔しくて逆上してたのです。だから大切な事実に気がつかなかったのです。
「とりあえず死んじゃえーっ!」
「いやだ!」
「わがまま言うな!」
「どこがわがままだ!」
「あーなんでよけるかなー」
「よけるわ!」
もう魔王はメチャクチャだった。ありとあらゆる魔法をぼくに撃ち込んでくる。ぼくはその度いちいち打ち消さなくちゃならなかった。
「こんどは外さないわ」
「頼む、外してくれ」
「なにそれ、あんたにプライドはないのか!」
「ない!もうやめてくれるなら謝ってもいいと考えているところだ」
いやマジそう思った。謝って済むならもう謝っちゃいたかった。
「ぶっ殺す!ぜったいあたしをなめてる!」
「だから謝ると言っているだろ!」
「わけわかんないこと言うな!」
「そっちじゃないか!きみはさっきから何が言いたいんだ!」
「死んでくれと言ってるんだわよ!」
「だから断ると言っているんじゃないか!」
エルガは凄いものを見ていた。魔王が恐ろしい魔法を使うたびマティムが打ち消している。それは魔王の魔力を上回らなければできない芸当だ。マティムなら魔王を殺せる。そうエルガは確信した。
「何やってんのよ!あんたなら魔王を殺せるじゃない。あんただってそれわかってんでしょ!」
それにいち早く反応したのは魔王だった。
「なんですって?あんた一体…」
魔王は攻撃をやめた。ただ黙ってぼくを睨んだ。
「あーそれ気がついちゃいますか、エルガさん」
エルガはここにきてわけがわからなくなった。みんな必死に殺し合いをしている。それは見てきてわかっているはずだ。なのにマティムは全然本気になっていない。いったいどういうわけだ?
「エルガさん、ぼくは魔王を殺さないんじゃない…殺せないんだよ…」
「あんたなに言ってんの!ここまで来て」
エルガはむきになってぼくにそう言った。でもほんと、ぼくに魔王が殺せるわけがない。ぼくわかっちゃったんだ…。
「死になさい!勇者!」
渾身の一撃が魔王から放たれた。そう、それはぼくもよく知っている。それは魔王の渾身の一撃。ワールド・コラープス。あのゲームで魔王が最後に使う技。そしてそれを勇者は渾身で受ける。世界を崩壊させないためにね。
ああ、あのゲーム、もう一度やりたかったなあ…。
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