44  天使と一騎打ち

1/1
前へ
/46ページ
次へ

44  天使と一騎打ち

ないわー。そらマジないわー。ここで天使ちゃんが出てくるなんて。神は傍観者じゃないの?あたしがどう蹂躙しても出てこないんじゃないの?ああ、あたしの敗因はこれだったのね。天使ちゃんじゃ勝てねーわ。 「まいったなあ。まったく神も卑怯だわね。こんな奥の手を使うなんて」 「お前が何を言っているかわからないが、お前に許しを請う時間は与えよう」 え?なに言ったこいつ?あたしにいま何言った?許しを請う?誰が?いやまさかあたしが?ジョーダンきつ! 「あんたねえ、そういう時代がかったセリフ、やめてくんない?」 「そうか?一度言ってみたかったんだけど」 「いや気持ち的にはわかるけど…」 「なら…懺悔し己の罪を悔い静かに死ね、がいい?」 「なにそれバカなのあんた!」 「バカ言うな」 「だってバカでしょ」 「初対面で失礼なやつだな」 「いま殺しあおうってやつが初対面気にするか?ふつうありえないんですけど」 「それもそうだね」 「ずいぶん素直ね」 「よく言われる」 なんだこいつ。ちっとも強そうじゃない?だって天使ちゃんなんでしょ?おっかしいなー?うーん、調子狂う。 「まあいいわ、お遊びはこれまで。さあ死になさい」 超高温のエネルギーのシャワーよ。全身くまなく浴びてこんがりと焼けなさい。ああ違うわね。灰も残らないんですもん、こんがりなんて焼けないわよね? 「熱い!」 「え?え?」 「熱いじゃないかいきなり!」 「熱いって…それだけ?」 「ほかに何がある!かゆいとかしみるとかなかったし」 「あー、そう」 あれ?おかしいな。そうか!天使にはエネルギー攻撃は効かないんだわ。ああ、あたしって何てなんてドジなのかしら。そうよね。天使ちゃんは普通の人間じゃないんだからね。 「ならいいわ。あんたも使える暗黒魔法よ?そもそもなんで天使が暗黒魔法を使えるか不思議だけど、その答えもあんたもあたしも死んじゃうから聞けないわね。はいさようなら!」 それこそ暗黒と言っていい魔法だ。それはすべてを破壊し呑み込む魔法。もちろん魔王本人もただじゃすまない。おそらく自爆するつもりだったんだ。すべてを消し飛ばして、きっとせいせいして死ぬつもりだとぼくは思った。急速にその大きなブラックホールのようなものは膨れ上がりすべてを…もちろん光や時間まで呑み込もうとした。 「やめなよ」 そうぼくは言った。無駄だからだ。この世に物質がある限り、それと真反対な物質もまたある。ぼくはそれを操れた。いつも火を消してしまうのは、火の反対があるからだ。ぼくの言葉と同時にそれは消滅した。 「なんで消せるの⁉︎いえ、あんた何者?天使?」 「ちがうよ。ぼくはいちおう勇者だよ」 あ、あーそういうこと!勇者…あー忘れてたわ。勇者ならうなずける。どうにも相性が悪かったからね。こいつ、勇者だったんだ。参ったなあ。 「あーびっくりした。なーんだ、あんた勇者なの。マジビビったわ。天使と思っちゃって。まあそれならちょっとは安心したわ。勇者なら殺せるじゃない。だってどうあがいたって人間なんだもん」 「いかにもぼくは人間だけど、黙って君に殺されはしないぞ。死ぬのはもうこりごりだからね」 「まあ言ってなさい。どこから来るのかしらその強気…えーと、え?ごめん、もう一度言ってくれない?」 「いかにもぼくは…」 「い、いやそうじゃなくて終りの方…」 「あ?えーと…死ぬのはもうこりごりだから」 「んー…えーと、意味わかんない」 「だからー、一回死んでるから、もう嫌だな、と」 「あんた言葉の意味わかってる?学校ちゃんと行った?」 「い、いや、学校というものは行ったことなくて…」 「はあ?なにそれ!」 あたしはここで気がつくべきでした。学校にも満足に行ってないこんなガキが、こともあろうに魔王のこのあたしを負かしたってことを。でもそのときのあたしは悔しくて、とにかく悔しくて逆上してたのです。だから大切な事実に気がつかなかったのです。 「とりあえず死んじゃえーっ!」 「いやだ!」 「わがまま言うな!」 「どこがわがままだ!」 「あーなんでよけるかなー」 「よけるわ!」 もう魔王はメチャクチャだった。ありとあらゆる魔法をぼくに撃ち込んでくる。ぼくはその度いちいち打ち消さなくちゃならなかった。 「こんどは外さないわ」 「頼む、外してくれ」 「なにそれ、あんたにプライドはないのか!」 「ない!もうやめてくれるなら謝ってもいいと考えているところだ」 いやマジそう思った。謝って済むならもう謝っちゃいたかった。 「ぶっ殺す!ぜったいあたしをなめてる!」 「だから謝ると言っているだろ!」 「わけわかんないこと言うな!」 「そっちじゃないか!きみはさっきから何が言いたいんだ!」 「死んでくれと言ってるんだわよ!」 「だから断ると言っているんじゃないか!」 エルガは凄いものを見ていた。魔王が恐ろしい魔法を使うたびマティムが打ち消している。それは魔王の魔力を上回らなければできない芸当だ。マティムなら魔王を殺せる。そうエルガは確信した。 「何やってんのよ!あんたなら魔王を殺せるじゃない。あんただってそれわかってんでしょ!」 それにいち早く反応したのは魔王だった。 「なんですって?あんた一体…」 魔王は攻撃をやめた。ただ黙ってぼくを睨んだ。 「あーそれ気がついちゃいますか、エルガさん」 エルガはここにきてわけがわからなくなった。みんな必死に殺し合いをしている。それは見てきてわかっているはずだ。なのにマティムは全然本気になっていない。いったいどういうわけだ? 「エルガさん、ぼくは魔王を殺さないんじゃない…殺せないんだよ…」 「あんたなに言ってんの!ここまで来て」 エルガはむきになってぼくにそう言った。でもほんと、ぼくに魔王が殺せるわけがない。ぼくわかっちゃったんだ…。 「死になさい!勇者!」 渾身の一撃が魔王から放たれた。そう、それはぼくもよく知っている。それは魔王の渾身の一撃。ワールド・コラープス。あのゲームで魔王が最後に使う技。そしてそれを勇者は渾身で受ける。世界を崩壊させないためにね。 ああ、あのゲーム、もう一度やりたかったなあ…。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加