6  人族対魔族

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6  人族対魔族

六つの村とひとつの町を焼いた。 あたしたち魔王軍は依然、進撃を続けている。ここはファラーデン王国と言った。兵力は大したことはない。押し寄せる膨大な数の魔族に為す術もないだろう。だが人間は侮れない。ありとあらゆる戦術や策謀を使ってくる。そのひとつが拠点防御という戦術だ。いわゆる防勢作戦という厄介なやつよね。 「わが軍の先鋒がそろそろティエンヌの丘に差し掛かります。少数の王国兵がいるそうです」 イケメンの騎兵団長アストレルがそう報告してきた。常に先陣を切る騎兵団だが、アストレルの騎兵団は強力な兵が出てきたときのみ出陣する。いわゆる決戦兵団だ。 「丘?広いのか」 「大きさはさほどでもありません。ティエンヌと呼ばれるその一帯は七つの丘と中央の小山で構成された牧草地帯です。まわりを深い森で囲まれて、ところどころに沼地があるようです。そばのレーゼル川がときどき氾濫を起こすのです」 どう考えたって戦術的要害地じゃないか。森と沼地じゃ騎兵団が動けない。当然丘と小山に目が行く。しかしそこに陣を構えられたら? 「全軍を停止させ、獣魔混成の機動兵団で威力偵察を行え。深入りは避けよ」 あたしは毅然とそう命じた。これはもう絶対に罠だし、それに引っかかるあたしではない。 「しかし魔王さま、丘には少数の兵しかおりません。高い櫓もなく、家畜用の柵で囲われただけの陣地とも呼べない代物です。一気に粉砕できます」 「二度も言わせるな、アストレル」 「はっ!」 まったくバカなのね、魔族って。ただやみくもに進んで兵力で圧倒すれば勝てると思っている。ここからいくさは長い。人間はあたしたちをいかに消耗させるかに全力を尽くす。こんな戦いを続けていれば、きっと一年、いや半年で力尽きるだろう。人間とはかくも狡猾で恐ろしいのだ。 そしてもっと恐ろしいのが連携だ。人間の国々は互いに仲が悪いと聞く。ときに人間の国のあいだで戦争し、滅ぼしたりもする。恐ろしいやつらだ。魔族はそんなことはしない。しかしいざ危機となればどうだ?人間どうし手を組む。昨日まで争っていたのに、今日は握手する。それも魔族には考えられないことだ。 だけどあたしは知っている。だって人間だったんだもん。人間の汚い手口なんか知り尽くしている。 「魔王さま」 「どうした、アストレル」 偵察の兵が戻って来たのか、報告を受けたアストレルはやや憔悴した顔であたしの前にひざまずいた。 「やはり魔王さまのおっしゃられたとおりでした。丘には強力な防御陣が施されておりました。下から見ただけではわかりませんでしたが、かなりの陣地構築と兵力が隠されていて…、結果、威力偵察に出た二百の獣魔混成機動軍は半数が罠にはまり、あるいは討ち取られて…」 やれやれ、言わんこっちゃない…。 「深入りはするなと言っておいたのに…」 「申し訳ありません…」 まあいい。切り替えよう。こんなとき兄さんならどうするか?人間はこっちがごり押しに進んでくるとみている。ひとつの丘を落とすのにひと月。七つすべて落とすのに七か月。そして小山にある本陣を三か月で落とす。その間森から出てくる伏兵を考慮し二か月余分にとる。おおよそ一年。それだけあれば周辺の国々が連合する時間は充分だ。 だから兄さんなら…きっと放っておくに違いない。敵を動けなくしておいてね。そのあいだに本隊であるあたしたちはぐるっと迂回して要衝をおさえて回ろう。兵力を温存し、かつ効果的に攻勢に出れる。 「水攻めの用意」 「は?なんと申されました?」 「レーゼル川をせき止めよ。ここらを水浸しにしてやれ」 これは前世の豊臣秀吉の毛利攻めの戦法だ。兄はこういういやらしい戦い方がうまかった。もちろんゲームの中で、だけど。 「なるほど!丘を孤立させるということですか」 「すぐにかかれ」 「は。三日あれば」 三日後、森と丘は水没し、小山がポツンと大きな湖面に浮かんでいた。
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