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1 勇者誕生
空が異常に青い。太陽はひとつだけど、月は三つ。ふつうに小鳥も飛んでるけど、わりかし小さなドラゴンも飛んでいる。
そう、ここは異世界…。ぼくがやっていたあの、ゲームそっくりの世界。いまそこに、ぼくはいる。
いまぼくが住んでいるのは、小高い丘の上に立つ小さな村で、自然がいっぱいなほかは、まあ文明はあまり進んでいない時代の世界だと思う。これはかなりきついことだ。
なぜそんなことを言うのかといえば、それはいまの認識と、自分の記憶にギャップがあるから。つまりそれはたぶん、ぼくが転生者だからだと思うんだ…。
確か高二になったばかりの春だったと記憶している。
住んでたマンションの階下でガス爆発が起きた。マンションといっても違法建築すれすれの建造物という、家賃が安いだけのすこぶるいい加減なシロモノに住んでいたぼくらは、吹っ飛ばされた。ちょうど両親は留守で、学校から帰ってきたぼくと中三の妹が犠牲になった。
ぼくは下川勇児。転生者だ。あ、なんで前世の記憶がって?そりゃぼくが勇者に転生したからだ。勇者こそこの世界のチート的存在で、前世の記憶も持って生まれるものなのだ。
そんなハイエンドなぼくが何でこんなド田舎のさも貧乏そうな家に住んでるかって?それはぼくがこの世に授かったところの、このぼくの両親に聞いてくれ。
「マティム、森から薪を集めてきて」
ママの声だ。あ、ぼくはこの世界じゃマティムと呼ばれている。昨日、やっと十歳になったばかりだ。もちろんお誕生会なんてない。うちは極がつくほどの貧乏だし、他の村人からもまったく相手にされていないからだ。
「やだよ、魔獣うようよだし、でかい蛇もいるし」
「そんなこと言ってると晩御飯抜きになるわよ。だいいちあんた勇者なんでしょ?そんなもの蹴散らしなさいよ!」
母さんは相変わらず期待は大きいが言ってることに整合性を欠く。誰しもできることとできないことがあるってことを知らないらしい。
「無茶言うな。まともな武器もないし、武芸だって習ってないんだぞ?金ないからそういう訓練所とか行かせてもらってないんだからな。近所のガキにだってケンカで負けるくらいだぞ」
「なに胸張って言ってんのよ」
そう、ぼくはいわゆる落ちこぼれってやつだ。いかに勇者といえど、戦いかたや戦うための知恵が無けりゃただの人。いや人以下だ。おまけに貧乏で毎日食うや食わず。たらふく食ってる庄屋の年下の子せがれにまでバカにされてる始末だ。
「そういうことでママ、ぼくを剣術の訓練所に」
「なに夢見てんの。そんなお金ないわよ。パパが働かないから借金増えちゃってんのよ?どこにそんなお金あるのよ。そんなお金があったらパンでも買うわ。もう何年も食べてないんだからね」
惨めだ。めちゃ惨めだ。ぼくは勇者なのに、光り輝いて確か生まれたはずなのに。この国の王はよろこび、多額の報奨金をくれたと聞いたことがある。それを一週間で使っちゃったパパもすごい。最初は貧しくとも勤勉で正直者だったという。きっと神さまもそれを見込んでここにぼくを生まれさせたんだ。
ところが金の力はそんな勤勉なパパを壊した。それ以来飲んだくれて働かず、おかげで借金はみるみる増えた。
みな原因はぼくだ。ぼくが勇者でこの家に生まれたからだ。パパはいずれこのぼくが勇者としてこの国を、いや人類を救うと信じている…いや、あてにしている。しかしダイヤは磨かなきゃただの石ころだ。毎日森で食えそうなものを探し、薪を集め、獣や魔物から逃げ、大蛇に呑み込まれそうになり、崖から落ち、滝に落ち、川に流され、大岩に潰され、雷にうたれ、山火事に焼かれる…。そんな日々を送るぼくに、まともに勇者なんてなれるわけないじゃないか。
でもまあそんなふうでも死なないのは、きっとぼくが勇者だからだ。
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