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「今度、遅刻したら、首だからな!」
大島は、そう、倒れているショウタに、言い捨てると、大股で歩き去った。
光は、その様子を、固唾を飲んで見ていた。
ショウタの唇は、切れて、血が滲んでいた。
光は、思わず、持っていたポーチから、ハンカチを出して、おずおずと、ショウタに差し出した。
「どうぞ……」
光は、躊躇いがちに言った。
「えっ?」
ショウタは、不思議そうに、光を見た。
「唇……切れてるから……」
光は、小さな声で言った。
ショウタは、唇を手で拭った。
手に、赤い血が付いた。
光は、ポーチから、カットバンも出して、差し出した。
「これも、どうぞ……」
「いらねー、余計な事すんな!」
ショウタは、そう、言うと、光の手を払った。
その拍子に、ハンカチとカットバンは、体育館沿いの側溝に落ちた。
「あっ!」
光は、思わず、声を上げた。
そのハンカチは、かわいい犬のキャラクターが付いたお気に入りのものだったのだ。
失くさないように、「ヒカリ」と、隅に刺繡もして、大切にしていた。
しかし、側溝には、鉄の柵がしてあり、ハンカチは、拾えなかった。
光が、残念そうに、覗き込んでいると、ショウタが言った。
「余計な事、するからだ!」
そして、ショウタは、歩き去ってしまった。
光は、どうにか、鉄の柵を外そうとしたが、女の力では無理だった。
渋々、泣きたい思いで、諦めた。
しかし、その様子を、ショウタと同じ清掃員の格好をした初老の男が、見ていたことに、光は、全く気付かなかった。
そして、そのハンカチと、意外な場所で再会した。
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