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「あかりちゃん、寝不足?」  教室に着いて目頭を押さえていると、すでに登校していた柚が心配そうに近づいてきた。  一年の時はあかりだけ別のクラスだったが、進級時のクラス替えで今年は三人とも同じクラスになったのだ。 「うん。なかなか寝つけなくてね」  あかりは昨夜、色々と考えすぎて目が冴えてしまい、熟睡できなかった。  いつもなら、ベッドに入ったらすぐに寝られるのに。 「それがさ、マッドサイエンティストの恋人が同居することになったらしくて、色々悩んでるみたいよ」  地元の駅で待ち合わせをして一緒に登校している春日には、昨夜の話をかいつまんで話してある。  他人事だと思って、春日は面白そうに柚に説明を始めた。 「えっ? おじさん、恋人いたの?」  ツッコミどころはそこ? と、あかりは机に突っ伏した。  でも無理はない。  聖の素顔を知らない柚は、目が隠れるくらいのボサボサ頭の聖しか知らないのだ。  昔の聖を知っている春日でさえ、まずそこに驚いたくらいだ。 「で、どんな人なのよ?」  詳しくは学校でと言って話していなかった部分に春日が突っ込んでくる。 「……無愛想な人」  そう、凪城は第一印象以上に無愛想だった。  夕飯の席で、改めてあいさつをした時の気まずさが蘇る。 「聖ちゃんの姪のあかりです」 「涼夜凪城だ」 「えーっと……、凪城さんのお仕事は?」 「……凪城でいい」 「は?」 「あかり、凪城は外国暮らしが長いから、呼び捨てでいいってことなんだ。凪城、きみもちゃんと説明して。慣れるまでは、こんな調子なんだよ。ごめんね、あかり」  何とも気まずい会話に、聖が助け舟を出すが、凪城はにこりともしない。 「……バイオリンを弾いてる」 「は?」 「仕事だ」 「あっ、ああ、すごいですね。留学してたんですか? 私なんてピアノを小さい頃にちょっと習ったくらいだから、音楽ができる人って尊敬します」  あかりが言うと、凪城は「えっ?」と言う顔で驚いて聖を見た。  何かおかしなことを言っただろうかと思って、その視線の先を見ると、聖もひどく驚いている。 「あかり、ピアノを習っていたの?」 「うん。でも先生が怖くて辞めちゃった」  それは事実であるのだが、両親が亡くなって辞めたというのもまた事実だ。  聖が負い目を感じないよう、あっけらかんと言う。 「そうだったんだ……。でも、もしまた習いたくなったら……」 「いやいや。いつも怒られてばかりだったんだもん。で、外国ってどちらにいたんですか?」  それでも聖は気にしたようで、あかりは慌てて凪城に話を振る。 「フランスだ」  もしかしたら、久しぶりの日本で、日本語を忘れかけているのかもしれない。  そう考えたほうが無愛想が少し和らぐ気がする。 「フランス……、一度は行ってみたいなあ」  映研でフランス映画を何本も観たあかりは、フランスに憧れがある。  だが、この人に何かしらの質問を投げかけても会話が成立しなそうだ。  当たり障りのない感想を述べると、ふと疑問に思ったことを口にした。 「じゃあ、聖ちゃんとは、その前からの知り合いなんですね」  留学と言ったら、日本の高校を卒業してからが多い。  そうなると、聖は高校生と付き合っていたということか?  同性愛に未成年者と付き合った場合の条例はあるのだろうかと心配になる。  今ではどちらも未成年でないので問題ないだろうが。 「ああ……、まあ、そうだね」  ふたりは目を合わせると、何とも言えない表情であかりから目を逸らした。  まだ、ふたりの関係をあかりに知られたくないのだろうか。  何ともいえない気まずい空気の中、美味しくできた肉じゃがの味を堪能することなく夕食を終えたのだ。 「無愛想なイケメンなんて……」 「えっ? リアルBLなの? ちょっと、あかり、何でそれを早く言わないのよ!」  昨夜の光景を思い起こしていて、思わず口が滑ってしまった。  春日には言わないつもりだったのに。  とはいえ、近所に住んでいるのだから、遅かれ早かれバレるだろうが、教室で言うべきではなかった。 「ちょっと、春日、声が大きい!」  あかりは春日を引っ張って口を塞ぐと「あとで話すから」と言って黙らせる。  ばたばたと手足を振って興奮を抑えきれない春日は、餌を前にした動物のようだ。  実際、あかりは餌を与えてしまったのだが。 「柚もお弁当の時に話すから……」  春日と友人とはいえ、柚はあかりほどBLに対して免疫はない。  だから心配そうにあかりを見ている。 「あかりちゃん、無理しないでね」  無理はしていないが、柚が純粋に心配してくれていることがありがたく、あかりは春日の口を押さえながら感謝を伝えた。
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