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私はこの日、久しぶりに大学の同級生の家を訪れていた。一ヶ月程前に、彼氏に浮気されてか少し様子がおかしかった彼女を心配していたからだ。
「いらっしゃい。家に来るのなんて久しぶりね。さ、上がってちょうだい」
私は、ホッとした。噂では家に引きこもって、黒魔術をやってるだとか、変なうめき声が聞こえて来るなどと、とんでもない話を聞いていたからだ。少し、疲れている感じはしたが、家でも元気そうで何よりだとこの時は思ったのだ。
「お邪魔しまーす」
彼女の家に入ると、何処からともなく一匹の三毛猫が私に擦り寄って来た。
“ニャ…、ニャン…”
「猫飼ってたんだ?」
「ええ。最近飼い始めたのよ。私には、ちっとも懐かないけどね。あと、ハムスターも飼い始めたのよ。ハムスター《こっち》は私にゾッコンで、可愛いわよ。見てみる?」
「いや、私、ネズミアレルギーだから…。遠慮しておく」
「あら、そう。残念」
猫は、私に体を寄せて丸くなると、プルプルと震えながら、『ニャ…、ニャン…』と小声で鳴くのだった。
「この猫、震えてるよ?寒いのかな?」
「そんな事は、ないと思うわけど」
そう言って彼女は猫に手を伸ばした。すると猫は『フシャァー‼︎』と唸り、毛を逆立て、牙を剥き出して彼女を威嚇し始めた。
「本っ当、可愛くないわね…」
彼女は眉間に皺を寄せ、怪訝な表情で言った。私はその顔を見て、少し引いてしまった。前から不思議なことを言ったり、残酷な事を言ったりする所はあったのだが、こんな怖い顔をしたところを初めて見たからだ。
「この猫は、絶対私には懐かないのよ。絶対に」
彼女は、まるで親の仇を見る様な目で猫を睨みつけて言った。私は、たまらず話題を変えた。
「そ、そう言えば、あの彼氏はどうしたの?ほら。イケメンだったけど、浮気は最低だよ!私だったら、骨の一本や二本へし折って、サヨナラよ!」
「ああ、彼氏ね…。一応、許してあげる事にしたの」
「え⁈そうなの?でも、あんなに傷付けられたし、酷い事も言われたんでしょ…?」
「そう。でも、もう良いの。ちゃんと復讐もしてるし。それに私、もう吹っ切れてるのよ」
「それなら良いけど…」
確かに、この時の彼女の顔は、少し不敵ではあったが、何か清々しかった。私は、彼女のそんな様子を見て、取り敢えずは安心したのだ。
数ヶ月ぶりに、じっくり彼女と話すと、私は時間を忘れて随分長い間話し込んでしまったのだった。気が付くと空は夕焼けて、十七時を知らせる防災無線が聞こえて来た。
「あら。もうこんな時間」
「ごめんね、こんなに遅くまで。私、そろそろ帰るね。安心した。元気そうで」
「わざわざありがとう。気を付けてね」
私が靴を履き、玄関のドアを開けたその時であった。猫が玄関のドアの隙間から逃げ出そうとした。だが、猫は、まるで見えない壁に当たったみたいに、つんのめって、転んでしまった。
「大丈夫⁈」
私は猫を抱え上げた。すると猫は先程よりも、ひどく震えて、ニャンニャンと鳴くばかりなのだ。
「大丈夫よ、いつもの事だから。全く、外には出れないって事がまだ、わからないのかしら?」
彼女が猫に手を伸ばすと、猫はビクッとして、私の腕を飛び出して、部屋の奥へと逃げて行ってしまった。
「猫ちゃん大丈夫?まだ震えてたけど…」
「大丈夫よ。いつもの事だから」
私は少し気になったが、彼女の家を後にした。そして、その後あの猫が、どうなったのかは私にはわからないし、今となっては、知る術も無いのである…。
友人を見送ると女は嬉しそうに部屋に戻って来た。そして、いつもの調子で、私に語りかけて来た。
「残念ね、泥棒猫ちゃん。今日もアンタの声は届かなかったでしょ?そりゃそうよ。何てったって、アンタは猫なんだから。アハハハハハッ…!」
女は嬉しそうに高笑いした。私は、いつもの様にその様子をベッドの下から、ブルブルと震えながら見ていた。
「アンタがいけないのよ。私の彼を取るから。そんな人は人間じゃないわ。泥棒猫よ。まさか、本当に猫になるとは、思いもしなかったでしょうけど。アハハハハハッ…!」
女は、高笑いしながら、いつもの様にケージの蓋を開けて、ハムスターを手に取った。ハムスターも、いつもの様に一生懸命に女のご機嫌を取っているように私には見えた。
「あら。お前は、良い子ね。私が喜びそうな態度で、甘えて来て。フフフフフッ、可愛い」
女は、ハムスターをいつもの様に一通り愛でると、急に冷めた目付きになった。そして、いつもの様にハムスターをポイッとベッドの下で震える私の前に放り投げた。
すると、どうだ。悲しいかな。私は猫は本能には、逆らえず、ハムスターを前足で弄び始めるのだ。チョロチョロと動くその動きが、妙に愛おしく、そそる。一度てを出すと、私の本能を刺激して、止まらなくなるのだ。苦しそうにもがくハムスターはたまらず、いつもの様に声を上げた。
「うわぁー!た、頼む‼︎許してくれ…!もう、しないからさ…!浮気なんかしないから…!頼むからさー!」
女は、一心不乱の私と、苦しそうな彼を見て、『アハハハハハハッ…‼︎』とより一層高く笑うのであった。終
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