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フランツ④
月に一度、リゼル嬢の姿を見れる日を楽しみに、日々鍛錬に励んだ。
彼女の姿を思い浮かべるだけで思考が冴え、身体はまるで羽が生えたように軽くなる。
剣などろくに握ったことのなかった貴族出身の軟弱な新入りは、いつの間にか数年先に入団した先輩を打ち負かすほどになっていた。
エストールに侵攻の気配あり。
偵察隊が持ち帰った情報に、騎士団内はざわついた。
西の隣国エストールが、地続きである我が国の征服を虎視眈々と狙っていたことは、誰もが知るところであった。
だが実際に彼の国が侵攻に踏み切ったことはこれまでに一度もなく、無益な争い事を好まない我が国も静観を続けていた。
だがその情報を得てから数日後のこと。
西の国境沿いで衝突が起きた。
開戦の準備を秘密裏に進めていたエストール。
国境に配備された兵士たちは開戦の気運に殺気立ち、同じく国境沿いに配備していた我が国の兵士に手を出したのだ。
引くに引けなくなったエストールは予定より早く、侵攻への舵を切った。
思いもよらぬ、戦争の幕開けだった。
私はすぐさま前線へと志願した。
負ければ我が国はエストールの植民地となり、ありとあらゆるものが彼の国に従属させられる。
そうなればリゼル嬢はどうなる?
王族の血を引く唯一の姫君。
“ローエンシュタインの真珠”をエストールの人間が見逃すはずはない。
身柄を拘束され、エストールへ連れ去られたのち、王族の妾にされるか、それとも戦利品として貴族に下げ渡されるか。
そんなことは絶対にさせない。
この時私は、自分が騎士団に入った理由も、親兄弟の顔すらも頭になかった。
頭の中を占めていたのは、真珠のように美しいリゼル嬢の輝くような笑顔だけ。
リゼル嬢には幸せな生涯を全うしてほしい。
たとえその姿をこの目で見ることができなくても──
だが唐突に、ある疑問が頭に浮かんだ。
──本当に、そうか?
彼女の姿をもう二度とこの目に映すことができなくなっても本当にいいのか?
いい訳がない。
こんなにも彼女だけを見つめてきたのに。
あの姿を二度と見れないのだと思うと胸が潰されそうになる。
けれどそれは、なぜだ。
なぜ私はリゼル嬢をこんなにも長い間、目で追い続けた?
憧れのようなものだと思っていた。
憧れは、ただそこにあるだけで人を奮い立たせる力を持っている。
だからこそ、追いかけるのだ。
そして私はここまでくることができた。
──でもそれは、本当に憧れなのか?
私はその時初めて、彼女に対する己の気持ちを知った。
憧れの奥に確かに根付く、彼女を恋い慕う気持ちを。
──まだ、死ねない
腹が決まった。
身分の低い貧乏貴族出身の、しかも今は一介の騎士である自分が、リゼル嬢を幸せにする方法が一つだけある。
それは、この国を守ること。
彼女の暮らすこの国に、永久の安寧を。
それだけが、唯一彼女のためにできることだ。
劣勢を強いられ、血にまみれた戦場を仲間とともに馬をいななかせ、ひたすらに駆けた。
恐怖など微塵も感じなかった。
ただ目の前には彼女の笑顔だけがあった。
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