フランツ①

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フランツ①

 戦争で生き残った私に、縁談が舞い込んだ。  それも、ずっと憧れていた女性から。  この世のなによりも、そして誰よりも美しい【ローエンシュタインの真珠】。  自分には一生手の届かない存在だと思っていた。  だから耐えるしか道がなかった。  ──すべては、彼女の側にいるために──  私は、貴族を名乗るのも憚られるような、貧乏子爵家の次男として生を受けた。  しかし子どもの頃はそれを不幸に思ったことはない。  教師を雇う金がないから勉強はさぼり放題だし、面倒な社交も学ぶ機会がない。  荒れ放題の庭と領地を二歳年上の兄と毎日のように駆け回っては服を汚し、母に叱られた。    父には若い頃からの親友がいた。 クルト男爵という、我が家と同じで領地経営に四苦八苦している人だった。   二人は本当に仲がよく、男爵は親友の息子である私のこともとても可愛がって、なにかとよく面倒を見てくれた。  クルト男爵には三人の子どもがいた。一番上と下は男で、真ん中にはニーナという女の子。  父親についてクルト男爵家に行くと、ニーナは男ばかりに囲まれていつもつまらなそうにしていた。  私は、男爵に可愛がってもらっている手前、なんとなくニーナをひとり放っておくのも気が引けて、だから気付いた時はなるべく声をかけてやるようにしていた。  そんなある日、クルト男爵夫人から、私にニーナの付き添いで茶会に出てほしいと頼まれた。  夫人は、ニーナが他の子と馴染めないのだと随分悩んでいる様子だった。  父は俺の意向も聞かず、二つ返事で承諾した。  茶会なんて面倒な場所、冗談じゃない。  それになんで兄のマリウスではなく私なんだと疑問に思ったが、子どもが親の決めたことに逆らえるはずもなく。  結局気乗りしないまま、私はライマン伯爵家へ向かう馬車に乗りこんだ。  ライマン伯爵家に着くと、クラリッサという令嬢が、あれやこれやと俺たちの世話を焼いてくれた。  いったい夫人はなにが心配だったのか。  ここに来るまで表情の暗かったニーナも、上機嫌で周りと喋っている。  そしてクラリッサは、おそらく初めての訪問者である私に気を遣ったのだろう。  黙ったまま話を聞いていた私に、彼女があまりにも話しかけてくるからそれだけは鬱陶しくて、適当にニーナに話を振ってやり過ごした。  こんな面倒なところは二度とごめんだ。  それが初めての茶会を終えた正直な感想だった。  しかし夫人はその後も私にニーナの同伴を頼んで来た。  ニーナがどうしても私と行きたいと言っているらしい。  当然父親にも行くように言われ、仕方なくその後も何回かは同伴した  けれど私の見る限り、どこへ行っても心配するようなことはなにもなかった。  ニーナは私なんてそっちのけで自分のことばかり喋っているし、そのうちに一体なんのための同伴なのかもわからなくなってきていた。  私がいるから一人の時と違って強気で喋れるのかもしれないが、それもそろそろ卒業しなければならないだろう。  だから私は男爵と夫人にその旨を話し、ニーナには『もう随分知り合いも増えたんだ。俺がいなくても大丈夫だろう?』、そう言って聞かせた。  その後、何回か女子特有の意地悪に遭ったらしく、再び男爵と夫人に頼まれることがあった。その時は仕方なく何度か付き合った。  そんなことを繰り返していたある日、ロイスナー子爵領を度重なる天災が襲った。  ただでさえ整備が行き届いていない村々に、甚大な被害が出た。  父は足元の悪い中、必死で村々を周り、被害の詳細をまとめあげた。  しかしそれはただ単に、絶望を目の前に突きつけるのと同じ行為で……父はどうしようもない現実に打ちひしがれるしかなかった。  しかしそんな時、クルト男爵が援助を申し出てくれたのだ。  我が家の誰もが耳を疑った。  長年家族ぐるみの付き合いをする中で、クルト男爵家の財政状況はよく知っていたから。  最初父は親友の申し出をありがたいと言いつつも、丁重に断った。  しかし男爵はすべて覚悟した上で、それでもロイスナー子爵領を助けたいと言ってくれたのだ。  大の大人が顔をくしゃくしゃにして、抱き合って泣いていた。あの時の父の顔は、今でも忘れられない。  その後、クルト男爵の援助のお陰でロイスナー子爵領は持ち直した。  しかしやはりと言うべきか、今度はクルト男爵家が破産寸前の状況に陥った。  最初は気丈に振る舞っていたクルト男爵だったが、私たちの前では弱音を吐くようになった。  それは時折、病的なものを感じさせるほどに。  特にニーナのことでは私の肩に掴み掛かるようにして訴えてきた。  『フランツ、頼む、頼むよ。ニーナは女の子だ。男のようには生きて行けない。頼むぞ……!』  家に来て、父と酒を飲んでは毎回同じ言葉を私に言って聞かせていた。  私はそれに、黙って頷くことしかできなかった。
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