フランツ⑥

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フランツ⑥

 私は閣下からの手紙を肌身離さぬよう、大事に懐にしまい、実家へ向かった。  戦争帰りの息子が土産話を持って帰ってきたと思っていた両親は、ローエンシュタイン公爵家から縁談が来たことを聞き、比喩でなく、腰を抜かした。  なんともいえない複雑な表情で、閣下からの手紙の内容を確認し終えた両親が、真っ先に口にしたのはニーナの将来についてだった。  やはりというか、男爵から資金援助を受けた恩を、ニーナと私が結婚することで少しでも返せると思っていたらしい。   だが、ローエンシュタイン公爵家からの申し出を断るなんて選択肢は、この国に住まう者にはあり得ない。王族なら話は別だが。  結婚してもすぐに騎士団を辞めるわけじゃない。だから、クルト男爵へ恩義があることも素直にリゼル嬢に話し、両親や兄と共に私の給金から返していく旨を伝えようと思った。  顔合わせの日。  初めて間近でリゼル嬢を見た私は、その冬の空のように澄んだ青色の瞳に見入った。  吸い込まれそうなほど透明で、言葉にできない美しさだった。    『初めまして。リゼル・ローエンシュタインです』  美しい人というのは、声まで美しいものなのか。  顔合わせの間中、リゼル嬢が私に向ける瞳は優しく温かかった。  慈しむような瞳に包まれて、まるで愛されているんじゃないかと勘違いしそうになる。  舞い上がる気持ちを抑えるのに必死だった。  それにしても身分の低い、騎士風情の私を夫に選ぶなんて、きっと周囲から大変な反対にあったはずだ。  もしかしたらこの結婚には閣下の政治的意図が絡んでいるのかもしれない。  けれど彼女にだって、なにかしらの強い気持ちがなければ決してできないことだ。    ──もしかしたら    本当に私を見初めてくれたのかもしれない。  それなら私たちは、愛し愛される関係になれるのではないだろうか。  この時、私の胸は希望に満ちていた。  顔合わせを終える頃合いで、リゼル嬢からあるお願いをされた。   彼女は伯父である国王一家にとても可愛がられていて、非公式という形で構わないから、一緒に結婚の挨拶に行ってほしいのだと。  もちろん私は二つ返事で了承した。  彼女の大切な人なら、私にとっても同じだから。  そして後日、私はリゼル嬢と共に王城を訪れたのだ。  初めて足を踏み入れる王族の私的な空間。  まるで天国の花園のような庭園を抜けた先に、彼女の大切な人たちは待っていた。  驚いた。それが率直な感想だ。  陛下も、王子殿下方も、本来なら雲の上の存在だが、まるで本当の家族のように私のことも受け入れてくれたからだ。  特にダミアン殿下は、まるでリゼル嬢の本当の兄のように、私たちの結婚に際しあれこれと心配事を口にしていた。  こんなにも愛されているリゼル嬢をなにがなんでも幸せにしなければ。  幸せな日々はまだまだ続いた。  今度はリゼル嬢がロイスナーの生家に来てくれるというのだ。  ただの政略結婚なら書面だけで済む話だ。  けれど、彼女は私の生まれ育った家と土地を見に来てくれる。  私を知ろうとしてくれているのだ。  こんな嬉しいことがあるだろうか。  私は指折り数えその日を待った。  前日が夜勤だったため、私は仮眠も取らず、実家に向けて馬を走らせた。  遅れる旨は伝えてあるが、初顔合わせの両親の様子を思い出すとどうにも不安だった。    ようやくたどり着いた実家の前にはリゼル嬢がいつも使用している馬車が停まっていた。  ドクンと胸が跳ねた。  やっと会える。  しかし馬を繋ぐ私の前に、予想外の人物が現れた。ニーナだ。    『結婚するって、いったいどういうことなのよ!?』  鼻息荒く迫ってくるニーナ。  どうやらここまでひとりで来たようで、私は急いで彼女を連れて庭に移動した。  まだリゼル嬢にはなにも説明していない。  こんなところを見られでもしたら大変なことになる。  クルト男爵には、結婚のことはあとで直接伝えようとは思っていたが、既に両親から伝えてあると聞いている。  なのにニーナがここへ来たということは……納得していないのだろう。  どうするのが得策か。私は考えた。  少し心は痛んだが、ここはリゼル嬢に関して流れている噂と、私たちが政略結婚だとやっかむ者の陰口を利用させてもらうことにした。  『家が破産寸前までなったのはあなた達を助けたからでしょ!?フランツあなた、お父さまと私の将来について約束したじゃない!そんなの、ひどいわ……!』  『泣かないでくれニーナ……決して見捨てたりなんてしないから……!』  クルト男爵家のみんなが笑って暮らせるよう、これからも恩を返していこうという気持ちに変わりはない。  自分だけが幸せになれればそれでいいなんて思わない。  そんな情けない男をリゼル嬢が夫として認めるわけがない。  『見捨てたりしないなんて……そんなはずないわ……現にあなたは彼女と結婚するんでしょう……?』  私は心の中でリゼル嬢に詫びた。    ──これは、ニーナを黙らせるための嘘だから、どうか許して  『これは政略結婚なんだ。ローエンシュタイン公爵家に逆らえる家門がこの国にあると思うか?この結婚だって、あの傲慢で有名なお嬢様の気まぐれで、そこに愛なんてないんだ』  この言葉の意味がわからないほどニーナは馬鹿じゃないだろう。  ローエンシュタイン公爵家に逆らえばどうなるか。  思った通り、ニーナは考え込むような素振りを見せた。  『わかったわ……』  もう少し癇癪を起こすかと思ったが、ニーナは意外なほどにあっさりと引き下がった。    ──これでもう、大丈夫だろう  帰っていくニーナの後ろ姿を見ながら、私は胸を撫で下ろした。
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