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フランツ⑦
例え嘘だとしても心は痛んだ。
けれどあのニーナのことだ。
私の本心を知れば、“自分だけが幸せになろうなんて許さない”と、怒り狂ってリゼル嬢にまでなにかするかもしれない。
頭の中に、いつだったか病んだニーナの父が、将来について掴みかかって訴えてきたことが浮かび、背筋に嫌な汗が伝う。
──早くすべてをリゼル嬢に話そう
しかし、屋敷に入るとリゼル嬢は私の両親と別れの挨拶をしていた。
なぜ急にと思ったが、体調が思わしくないのだと彼女は言う。
見れば本当に顔色が悪い。
我が家ではろくな治療を施すこともできない。
せめて送らせてほしいと願い出たが、断られてしまった。
だから私は、名残惜しい気持ちで彼女を見送ることしかできなかった。
王都に戻ると、騎士団の屯所に私宛の手紙が届いていた。
まさか……と一瞬期待したが、差出人はリゼル嬢ではなかった。
しかし別の驚きと疑問を抱いた。
なぜならそこに記されていたのはダミアン殿下の直筆のサインだったから。
『やあ、よく来たね』
先日招かれたのと同じ応接室。
指定された時間より大分早く到着したはずなのだが、ダミアン殿下は既に入室し、紅茶の注がれたカップを傾けていた。
着席するよう促され、一礼して向かい合わせの席に座る。
殿下は侍女に私の分の茶を淹れさせると、室内から全員出るように命じた。
──いったい、何事だ
警戒する私を見てダミアン殿下は小さな笑い声を漏らした。
『なにもしないから安心して。今君になにかあればリズが悲しむからね……』
ダミアン・ラングハイム第一王子殿下。
その人柄は穏やかで慈悲深く、けれど他国との折衝には決して退かず、いつも必ず最高の条件をもぎ取ってくる。
未だ王太子の指名は受けていないものの、次期国王は彼で間違いないだろう。
それに加え容姿端麗、独身で婚約者もいない。
貴族のみならず、平民階級からの人気も絶大だった。
実際先日お会いした時も、その気品溢れる所作からは想像できないほど、非常に気さくな一面を見せていた。
特にリゼル嬢に対しては、妹を溺愛する兄そのものだった。
まさか私のことが気に入らないのだろうか。
リゼル嬢の相手としては身分が低すぎるし、決して学がある方でもない。
けれど、なんとしてでもわかってもらわなければ。
私はどうやったら殿下に心から祝福してもらえるか、それだけを考えていた。
『リズと私は……もう随分長い間、お互いを想い合う仲なんだ』
『……は……?』
お互いを想い合う仲?
リゼル嬢と、ダミアン殿下が?
そんなことあるわけがない。
だって、ふたりはいとこじゃないか。
ラングハイムではいとこ同士の結婚は禁じられている。
その法律を制定したのは他ならぬダミアン殿下の父、陛下ではないか。
冗談にも程がある。
そこまでしても私をリゼル嬢から引き離したいということか。
『ご冗談にも程があります。私が気に入らないというのであれば、はっきり仰っていただいたほうが気が楽です』
『ああ、君が気に入らないのは本当だが、リズと私が愛し合っていることもまた、真実なんだよ』
『この国ではいとこ同士の婚姻は認められておりません!』
『だからリズは君を選んだんだ。私の身代わりとしてね。君は美しい。だから、私の身代わりにはぴったりだろう?』
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