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フランツ⑫
それからリゼルは、私の顔を見れば必ず棘のある言葉をぶつけるようになった。
優しい彼女には辛かっただろう。
次々と口から出ていく言葉を止めたくても止められない。彼女の表情からは、その葛藤が痛いほど伝わってきた。
けれど不幸は再び彼女に襲いかかる。
長く病床にあった義父上が亡くなり、その後を追うようにして義母上も逝ってしまった。
立て続けに肉親を亡くしたリゼルは、悲しみに打ちひしがれるというよりも、現実を受け入れられず、放心したような状態だった。
そして、葬儀からしばらくして、糸が切れたように寝込んでしまった。
側についていてやりたかった。
けれど、リゼルは寝室に私が入ることを固く拒んだ。
情けなかった。
慰めの言葉をかけることすら、今の私には許されないのだ。
そしてこの頃から、定期的だったダミアン殿下からの呼び出しが頻繁になる。
そして振るわれる暴力の凄惨さはこれまでの比ではなかった。
どんなに隠そうとしても、騎士団の一部には気づかれていた。
この時の私には、この殿下の常軌を逸した行動の理由がまるでわからなかった。
望む通り形だけの夫を演じている。罰も黙って受け入れた。それなのに。
けれど、殿下を狂気に駆り立てたのが、リゼルの懐妊だったということに気づいたのは、マルセルが生まれたあとのことだった。
久し振りに顔を合わせたリゼルの腕の中には、黒髪に紫色の瞳を持つ赤子がいた。
言葉にならなかった。
なぜ知らせてくれなかったのか、とは思わなかった。
私が彼女にしていることを考えれば、そんなことを言う資格がないことくらいよくわかっているから。
ただ涙を堪えることに必死だった。
こんな不誠実な男の子どもを十月腹の中で守り通し、命を懸けて産んでくれたのだ。
それに──
──なんて綺麗な顔で微笑んでいるんだ
こんな私の子を授かったことを、喜んでくれているのか。
私は君に、ほんの一欠片でも幸せを与えることができているのだろうか。
答えの代わりをくれるかのように、リゼルは私に子どもの名前を決めさせてくれた。
マルセル
それは遥か昔、ラングハイムの建国に貢献した猛将の名前。
私の容貌をそっくり受け継いでしまったこの子は、もしかしたら将来そのせいで理不尽な目にあうかもしれない。
何者にも、そしてどんな困難にも負けない男になってほしい。
祈りを込めた名前だった。
それから私はどんなに身体が痛んでも、リゼルとマルセルの顔を見に帰るようにした。
ダミアン殿下は好きなだけ暴力を振るったあとは頭が冷えるのか、次に私を呼び出すまでにほんの少し猶予がある。
だからどんなにつらくても馬を走らせた。
ふたりの顔を見ればこんな痛みなんて忘れられるから。
日に日に大きくなるマルセル。
この子のお陰で、あの日以来ろくに口も聞いてくれなくなったリゼルが少しずつだが話をしてくれるようになった。
決して長い時間共に過ごせたわけじゃない。
けれど、穏やかで幸せな時間が、私たちの間に流れていた。
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