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 (さかき)まりえは二十五歳。大学卒業後三年勤めた会社を辞めて、半年前に実家に帰ってきた。  偶然その少し前に、実家に同居している八十五歳の祖母が腰を痛めて市立病院に入院した。しかし二週間で退院させられ、その後は在宅で、別の病院にリハビリに通うことになった。  その病院というのが、(たちばな)病院である。  そして週三回のリハビリと、月に一回の外来受診の送迎が、まりえの仕事になった。実際にはリハビリだけの日も医師には会うので、それを診察と呼ぶらしいのだが。 「まりちゃん、もっと飛ばして飛ばして」 「そんなに急がなくても大丈夫だよ、おばあちゃん」  法定速度五十キロの道を、車の流れは時速六十キロほどで軽快に流れている。この分なら、七時四十五分には着きそうだ。ナビにもそう出ている。  だが、祖母は落ち着かない。  今日は、月に一度の外来受診日である。  祖母は今日こそどうしても、田中さんに勝って、受付番号一番を勝ち取りたいのだ。まりえもそれを応援している。だからこそ、早起きしてこんなに早く家を出た。  だが、いくら田中さんでも、八時三十分の受付開始に、七時四十五分から並んではいないだろう。それがまりえの見立てだった。  やがて車は右折し、今までよりいっそう閑散とした道に入る。橘病院は、辺鄙なところにあるのだ。朝の通勤ラッシュとは、方向がまったく逆である。  七時四十分に、まりえたちの車は病院の患者用駐車場に入った。  果たして、と、まりえも息を呑む――。
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