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 病院を出て、駐車場の車の中でまりえは早速、どうしたらリラックスして絵に取り組めるのか考えた。  たしかに、三人展にこだわりすぎているから、上手くいかないのかもしれない。  そこでまず考えたのは、家に帰って、段ボール箱の中から、お気に入りの画集や写真集を取り出すことだった。  それを持って、どこか落ち着いたカフェに入り、パラパラめくってみようか。あるいはクロッキー帳を持って行って、カフェの人々を素描したり、画集を模写してみるのもいいかもしれない。  そう考えながら、車のエンジンを入れる。  やってみたいことが出てくると、家に帰る道も少し心が軽い。匡久先生に話してみて良かった、と自然と笑顔になる。  ーーでも、変なことばかり話して、嫌われてないといいんだけど。次は笑顔で報告できるように頑張ろう。  夕食の準備までの時間は、三時間ほどある。移動時間を考慮しても、二時間は自由にできるだろう。それだけで、何でも出来そうな気がしてくるのは不思議だ。 「ただいま」  いったん家に帰り、店にいる父母に挨拶をする。 「今日、これから出かけてもいい?」  恐る恐る、母に尋ねる。 「どうぞ。夕食は?」 「帰ってから作るよ」 「あら、ありがとう。行ってらっしゃい」  母の反応は意外に普通だった。もっと嫌味ぽく言われることを想像していたまりえは、ほっとすると同時に拍子抜けする。  二階へ上がり、自分の部屋の隅に置かれた段ボール箱のガムテープを剥がしてみる。  中から取り出したのは、高校時代に買ってずっと手元に持っていた、お気に入りの一冊の画集だった。  二十世紀アメリカのイラストレーターである彼の作品は、市井の人々をユーモラスに描いていて、一枚の絵なのにストーリーを感じさせる。  まりえは、その本とクロッキー帳、水彩色鉛筆を持って家を出た。  車を走らせても良かったが、チェーンのカフェより『つぶあん亭』を選んだ。日傘をさして『つぶあん亭』まで歩く。  レトロな装飾のその店で、アイスカフェオレを飲みながら、遅い昼食にサンドイッチをとり、人々や店内を観察して素描する。  二時間はあっと言う間だ。  高揚した気分で店を出て、夕飯の食材を買いに行く。贅沢な時間を過ごした実感は、まりえに絵を描く楽しみを思い出させてくれた。
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