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 ーーだけど、なんか違うんだよね……。  夕食後、自室に戻ったまりえは、今日描いた十数枚のクロッキーを見ながら、ベッドに倒れ込んで思う。  そこには、テーマやストーリーのようなものは浮かび上がってこない。  ーーまあ、一日描いたくらいじゃ無理か。  今やっているのは、絵の勘を取り戻す特訓だ、と改めて自分に言い聞かせる。  習作を何枚も続けるうちに、自然と描きたいテーマは形になってくる。それが、まりえの今までの短い経験から言える経験則だ。  しかしまりえは、人物画を見るのが好きなわりに、自分ではあまり人物画は描いたことがない。昔から、風景画や静物画の方が得意だった。  三人展では展示即売もやるのだが、こちらでも、風景画や静物画のほうがよく売れるのだ。と言っても、会場費が出るか出ないか程度の少額ではあるが。  人物画で、本当に作品になるようなものが描けるのか心配になり、人物画レッスンのテキストを取り出した時、携帯電話のメール着信音が鳴った。  何気なくメールボタンを押して驚く。  ーー匡久先生だ……!  件名は『橘です』から始まっていた。 『榊まりえ様  こんばんは。橘です。  今日は偉そうなことを言ってしまい、申し訳ありません。  絵の方は、お進みになられたでしょうか。  ところで、もしよかったら、今度一緒に市立美術館へ行きませんか?  私は木曜日と日曜日が休みです。  もしいずれかご都合の良い日がございましたら。  橘匡久』  ーーこれ……って、もしかして、デートのお誘い!?  まりえは舞い上がりそうになって、はたと気付く。来て行く服がない。  持っているのは、ほとんどTシャツとジーンズ、あとは働いていた頃に時々着ていたパンツスーツくらいだ。内勤が多くて服装自由だったので、会社員時代もほとんどジーンズで過ごしていた。  ーー土曜か日曜に、奈穂ちゃんに服を選んでもらって……。奈穂ちゃん、空いてるかな?  行くなら来週の木曜か日曜だ。  そう思い、返信する。  匡久からは、すぐ返事が来た。  来週の木曜日に、二人で美術館に行く約束が決まった。
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