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 約束は午前十一時に、美術館のロビーで待ち合わせだ。  まりえがロビーに入ったのは三十分前の十時半だった。  駐車場から歩いただけでも炎天下で汗が吹き出す。  化粧室に入って汗を拭き、化粧を直すついでに深呼吸して、心も整える。  化粧室を出ると、もう匡久がロビーにいた。  匡久はブルーのワイシャツにグレーのスラックスで、ノーネクタイだが、きちんとした服装をしている。  ジーンズで来なくて良かったと、まりえは内心冷や汗をかいた。  匡久は、まりえに気付いていないらしい。入口の方ばかり見ている。  近づいて行って、 「こんにちは」  と、まりえが挨拶すると、匡久は驚いた顔をし、まりえをじっと見つめて、ぽそりと 「お綺麗です」  と言った後、そっぽを向くように受付へ一人でスタスタ歩いて行く。  ーーえ、何? 照れて……るの?  まりえは訳がわからないまま匡久を追う。  匡久は途中で気づいたように立ち止まると、ポケットの財布からチケットを取り出して、一枚をまりえに渡した。 「あ、ありがとうございます」  まりえは財布を取り出して、お金を払おうとした。  しかし、匡久は手を振ってそれを制する。 「でも」 「僕がお誘いしたんですから」  と強く言われ、まりえは申し訳なく思いつつ、財布を引っ込めた。  だが本当は、まりえのために美術館を選んでくれたのではないのだろうか。  企画展は、地元出身の無名の女性芸術家の展示だった。主に海外で活動しているらしい。絵画に限らず、版画や造形も展示してあり、可愛らしいものが多い。  平日のせいか人はほとんどおらず、ゆっくり作品を堪能することができる。  中に電球を仕込んだ木の上の家の造形物が気に入って、何周も周りをうろうろして良く見ていると、そのまりえを匡久が見ていることに気づく。  まりえと目が合うと、匡久は柔らかく笑った。 「これがお好きですか?」  と聞かれ、まりえは照れながら、はい、と肯く。 「造形って、自分でやらないものですから……。でも、どれも可愛いです。この作家さん、知らなかったので。誘っていただいてありがとうございます」 「いえ、僕も楽しいです」 「先生は? お好きな展示ありましたか?」 「うん、僕、最初のほうにあった連作の絵が好きでした」  メルヘンの中にいるような企画展で、まりえはすっかり癒された気分になり、匡久と好きな作品を語り合いながら、会場を出る。  ロビーに一度出たところで、別の展示室で博物館収蔵品展が行われていることに気づいた。  ポスターには、古いモノクロの写真と、『高度成長の時代』という堅い文字が書かれていた。
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