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◇
真昼のうだるような暑さの中、まりえは日傘を差して、アスファルトの上を細いミュールで駐車場まで歩く。
灼けたアスファルトで熱された空気が、足許からも薄い靴底を通して立ち上る。
時間が経つにつれ、置いて行かれたことに対して、だんだんと自分の心の中に、どんよりしたものが広がっていくのがわかる。
ーー「先生、彼女さん、いらっしゃらないんですか?」
どうして最初に誘われた時に聞けなかったのだろう。
ーーいやいや、お仕事なんだから仕方ない……。でも本当に?
きっと、たぶん、いや絶対に本当だ、と自分でも思う。あの切羽詰まった話し方。
なのに、心が不安に包まれて納得しない。
いつだったか、匡久先生が休みの日に顔を見せた事で、パッと日が差したように病室内の空気が明るくなったことがあった。
あんなにみんなに必要とされている人なのだ。
でも、自分だけで匡久を独占したい気持ちが、いつの間にか心にはびこってくるのを感じる。
ーーいやいや、彼女でもないくせに。なんて図々しいんだろ。誘っていただいただけで、すごくありがたいことだよね。
きっと匡久は、自分は興味がないのに、まりえが絵で悩んでいるから美術館に誘ってくれたのだろう。
要は親切な人なのだ。
ーーひとりで浮かれて、バカみたい。
それに、もし匡久に彼女がいるとしたら、二人で会うなんて、ずいぶん申し訳ないことをしてしまったことになる。
ーーいや、だから。先生は、お仕事! なの!!
まりえは頭も心もいろんな考えでごちゃごちゃになっていくのをなんとか抑えながら、ようやく車に乗り込み、エンジンをかける。
家はすぐそこだ。
ガレージに車を止めると、玄関の戸を開けた。
誰もいないのをいいことに、さっさと階段を上がり、自分の部屋へ駆け込む。
ヒラヒラしたシフォンのワンピースを脱いで、Tシャツとジーンズに着替え、足の爪のペディキュアを落とす。
そうしているうちに、なんだか祖母に会いたくなった。
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