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 病室を出ると、夏の陽ももうずいぶん傾いていた。帰り際、まりえはひとり、病院の敷地内をゆっくり歩いている。  心の中で祖母の言葉を噛み締めながら、まりえの意思は固まってくる。  ーー私、やっぱり匡久先生が好きだ……。  もし次に二人で会えたら、気持ちを伝えよう。  あのひとと、一緒にいられる自分になりたい。でも、そのためには、もっとしっかりしなくちゃいけない。もっと想像力のある、優しくて、たくましい人間にならなくちゃいけない。  ーーでも……付き合ってる人、いるよね、きっと。  そう思いながら、いつもは渡らない小さな橋を渡る。  川向こうは病院の敷地外になるため、入院患者は渡ってはいけないことになっている橋だ。  だから、祖母と一緒の散歩のときには渡らない。その川を渡るのは初めてだった。  向こう岸は、並木道の遊歩道と、その下へ続くなだらかな土手になっていて、水際まで下りる事ができる。  まりえは夏の夕方の、草いきれのする土手を下りてみた。  人影を見つけて、思わず、 「あ……」  と声が出る。  そこにいたのは匡久だった。朝と同じブルーのシャツの袖を肘あたりまでまくり上げて、薄い石を手にしている。 「あ。え……榊さん?」  匡久は決まり悪そうに、まりえを見る。 「こん……にちは」  どちらからともなく、当たり障りのない挨拶をする。 「昼間はすみませんでした」  と匡久が言う。 「とんでもないです」  と、まりえは答えて、けれどもそれ以上、会話が続かない。  まりえが緊張して黙っていると、匡久は川に向かって持っていた石を投げた。 「情けないとこ見られちゃったな」  石は、水の上を跳ねて遠くまで跳んで、急に弧を描いて跳ね、それから沈んだ。  
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