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10
病室を出ると、夏の陽ももうずいぶん傾いていた。帰り際、まりえはひとり、病院の敷地内をゆっくり歩いている。
心の中で祖母の言葉を噛み締めながら、まりえの意思は固まってくる。
ーー私、やっぱり匡久先生が好きだ……。
もし次に二人で会えたら、気持ちを伝えよう。
あのひとと、一緒にいられる自分になりたい。でも、そのためには、もっとしっかりしなくちゃいけない。もっと想像力のある、優しくて、たくましい人間にならなくちゃいけない。
ーーでも……付き合ってる人、いるよね、きっと。
そう思いながら、いつもは渡らない小さな橋を渡る。
川向こうは病院の敷地外になるため、入院患者は渡ってはいけないことになっている橋だ。
だから、祖母と一緒の散歩のときには渡らない。その川を渡るのは初めてだった。
向こう岸は、並木道の遊歩道と、その下へ続くなだらかな土手になっていて、水際まで下りる事ができる。
まりえは夏の夕方の、草いきれのする土手を下りてみた。
人影を見つけて、思わず、
「あ……」
と声が出る。
そこにいたのは匡久だった。朝と同じブルーのシャツの袖を肘あたりまでまくり上げて、薄い石を手にしている。
「あ。え……榊さん?」
匡久は決まり悪そうに、まりえを見る。
「こん……にちは」
どちらからともなく、当たり障りのない挨拶をする。
「昼間はすみませんでした」
と匡久が言う。
「とんでもないです」
と、まりえは答えて、けれどもそれ以上、会話が続かない。
まりえが緊張して黙っていると、匡久は川に向かって持っていた石を投げた。
「情けないとこ見られちゃったな」
石は、水の上を跳ねて遠くまで跳んで、急に弧を描いて跳ね、それから沈んだ。
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