22人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの。横田さんは」
と、まりえは恐る恐る訊いた。
「……ご存知なんですか」
「はい。祖母に聞きました」
まりえが肯くと、匡久は自嘲するように苦笑した。
「そうですか。ほとんど父が処置してくれていて、今は市立病院に」
「あの」
まりえは息を呑む。
匡久が間に合っていれば、父親が処置したり、転院する必要はなかったのではないか。
「それって、私のせいで」
「まさか」と匡久は驚いた顔をした。「すみません、ご心配をおかけして」
心配より、自分のことばかりかまけていたことに、まりえは情けなさと罪悪感を感じる。
「僕がまた、父に助けてもらったというだけですよ」
優しい人だ、と、まりえは泣きたくなる。
匡久はまた石を拾い、右腕を大きく後ろに振って構えたところで動作を止めて、まりえを見た。
「やってみます?」
「え? いえ、いいえ……」
「そうですか」
と、握っていた石を、ぽとりと離す。
「あの」と匡久は真剣な眼をして、まりえを見る。
「あの。今日はすみませんでした。僕はこんなで、これからも、ずっとこんな仕事だけれど……。もし嫌でなかったら、また今度、二人で会ってくださいませんか」
まりえは戸惑った。
「……は、はい、私で良ければ。でも先生、」
「はい」
「先生、お付き合いされている方、いらっしゃらないんですか」
「え」
匡久はぎょっとしたような顔をした。
やっぱり、今こんな話をするのは不謹慎だったか、と思う。でも聞いてしまっておきたかった。
が、匡久が驚いたのは別のことのようだ。
「僕……、そんな軽そうに見えます?」
まりえは慌てて言った。
「あ、いえ。全然、そんなわけでは。でも、もっとちゃんとした相応しい方が……」
「あの。僕は……」
そう言って匡久は少し俯く。
「いま言うのは変かもしれないけれど」
それからゆっくりとまりえの眼に視線を合わせた。
「僕は、あなたが好きです。お付き合いしていただけませんか」
まりえは息を呑んだ。
せせらぎの音が、耳から遠のいてゆく。
匡久の凛とした声が、耳の奥で言葉になって意味を持つ。まりえは何度も、その言葉の意味を反芻する。
そんな資格があるだろうか。でも。
匡久の言葉が、心まで沁み渡ってゆく。
「私も、」とまりえは言って、匡久を見上げ、その瞳を見る。
ーー私はもっと強く、もっと優しくなるんだ。助けてもらうばかりじゃなく、このひとを助けられるように。
そう心に誓い、告げた。
「私も、あなたが好きです」
匡久は優しく微笑った。
まりえの眼から、涙が溢れた。
- 終 -
最初のコメントを投稿しよう!