星喰い(ほしくい)

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       八  「こんなところで、寝てると風邪を引くよ」  なつかしい声に、うっすらと目を開けた。目の前には満天の星空と、苦笑を浮かべたまま、こちらをのぞきこんでくる秀雄の顔があった。しばらく、目を瞬かせていたが、「いつから寝てた?」と、言って起き上がった。辺りはまだ暗い。よせては返す波の音と、遠くから聞こえてくる街の喧騒と明かりに、ここはいつも通りの波打ち際なのだと、ホッとした。  「いつからも何も……、知らないよ。気がついたらいなくなっていたのは、そっちだろう。探すのに苦労した」  彼は疲れ切った顔をして、そばにしゃがみこんできた。濡れた前髪を払って、わたしの顔をのぞきこんだ。「大丈夫か?」  「うん」  「しっかりしてくれよ」秀雄は呆れたため息をついて、ほら、と空を指さした。「いま、星が流れはじめたばかりだよ」  空を見ると、闇の中で一つ二つ、白い光が流れていった。しかし、星は決して降ってはこない。いくつもの輝きが、流れてゆく横で、ボンヤリとした三日月が浮かんでいる。月も決して落ちてはこない。すべては、夢だったのだろうか。たしかに、夢のような出来事だった。きっと、これで良かったのだ。そう思ったが、ふと違和感を覚え、服の中に手を入れた。  突然の奇行に、ぎょっとした秀雄が「おい、こら。なにやってんの」と、あわててそれを止めたが、無視した。  むずがゆさに、肌をかき、髪の毛や、服をはらうと同時に、何かが落っこちた。  あ、とつぶやいてから、立ち上がる。ブラジャーの間から、ティーシャツの中から、ぼろぼろと星がこぼれてきた。いや、星ではない。白や、赤や、黄の金平糖が、次から次へとこぼれ落ちてきたのだった。  砂浜の上に落ちたそれを眺めながら、「なんだよ。自分ばっかり、おいしいもの食べて」と、言った秀雄の顔を見て、吹き出してしまった。  コンペイトー、だってさ。あまりのことに、笑いが止まらなくなった。しばらくの間、その場で腹を抱えて笑っていた。涙が出るほど、声を上げて笑った。事情を知らない秀雄は、その様を呆然と眺めていた。なんだよ、俺そんなにおかしなこと言ったかな。そう言って、頭をかいていた。  うん、食べた。たしかに、わたしは星を食べたよ。そう言うと同時に、視界の端をよぎった光は、たしかにわたしの口の中から出てきた。ひとつの青いかがやきなのだった。                                了
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