30歳、幸恵(仮)

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30歳、幸恵(仮)

全く、冗談じゃない……。 今日は残業確定だというのに、後輩たちと来たら心霊現象の話で盛り上がっている。 しかも向かいのビルは、確かに火災事件があったし、あの日は幸恵も勤務中だった。 そう、白昼堂々の放火事件だったのだ。 犯人は未だに捕らえられておらず、煙が上がり炎が上がるビルを、ただ見ている事しか出来なかった。 その中でも、1人の女性がこちらに向かって手を振っているのが見えた時には心を握り潰されるような思いだった。 助けを求められても何も出来るわけがない。 手が届く距離なら、いくらでも手を伸ばして引っ張り出してあげたかった。 暑さから逃れる為か、服を脱ぎ始めたあの女性は、最後までこちらに手を伸ばしながら絶命したのを今でも覚えている。 それが未だに噂話としてこの会社に流布されているのだから、忘れられるわけがない。 「あ〜やだやだ……」 給湯室でコーヒーを啜りながら、1人でぼぅっとしていると、ふと気になった事があった。 由紀子からは数年前と書いたのに、綾香は智治に5年前と言った。 初めて聞いたような素振りだったのは、楽しげに話す由紀子の機嫌を損ねない為だろうか。 もしくは、誰かから既に5年前と聞いていたのだろうか。 犯人は捕らえられていないということも気になる。 あり得るわけがない。ミステリー映画の見過ぎだろうと、自分を嘲笑して幸恵はコーヒーを飲み干し、デスクに向かった。
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