12月2日

1/1
前へ
/4ページ
次へ

12月2日

 僕は前日、本の置き場所はどこにしようかと迷った。  たった一冊の本のためだけに本棚を買うのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。かといって、粗末にして破損したら大変だ。そうなってからワーワー喚いても後の祭りとなってしまう。  結局、本は冷蔵庫の上に落ち着いた。冷蔵庫は窓から離れたところに位地しているので、日焼けする心配もない。そして、もし来訪者が来ても、他人の家の冷蔵庫なんて気にするやつは居ないだろうから秘密が露呈することはさらさらない。  僕はそれで安心して、少し早めに眠りについた。  だからその日ー12月2日はいつもより早く目覚めた。  僕は一寸暇つぶしでもしようと、それとなく外へ出た。雪はもう、すっかり降り止んでいたが、降り積もった雪が、歩行の邪魔だった。  僕が苦戦しながら歩いていると、デパートの入り口の横に、大柄な男が佇んでいたのが目に止まった。それはごく普通に見られる光景なのだが、僕は思わず目を疑った。それというのも、その男がもう久しく会っていなかった友人だったからだ。  僕は彼の方へ歩いていった。すると彼の方も僕に気付いたみたいで目を大きく見開いた。それほど会うのが久しぶりだったのだ。  「久しぶりだね、ネリネ」僕は彼の名を呼ぶと、彼は苦笑いをした。それからポケットの中からライターを取り出すと、煙草をくわえて火を付けた。  僕はその光景を見て、ふとあの本のことを思い出して微笑んだ。  「相変わらず煙草が好きだな」僕はそう言うと、ネリネは「なんだ、久しぶりに会ったのにその話から始まるのか」とふてくされて返した。しかしそう呆れるネリネの顔には、旧友に再会できたことと、その旧友が以前となんら変わりのないことに喜ぶ表情があった。  「だって煙草は体に悪いだろう。僕はそれを心配しているんだ」僕はそう忠告した。そのとき丁度、ネリネの煙草の火が消えた。  「マァマァ、そんなかたいこと言わずにサ」そう答えて彼はさりげなく、ポケットから新しい煙草を取り出して前と同じ様にしてライターで火を付け、煙をくゆらせた。  旧友に会った喜びと懐かしさのせいで、僕はネリネになら秘密を打ち明けても良いと思った。僕はバッグからあの本を取り出して彼に見せた。  「なんだ、急に。お前が読書家だった覚えはないのだが」そう言って、彼は顔をしかめた。僕は彼に本を買った経緯を説明した。それを聞くと彼は本をぱらぱらと捲った。  「なるほど」彼はいつになく真剣な表情になった。「これに何かが隠されているとすると、文書自体が隠されているので、暗号のように解読するものではなく、あぶり出しのような手法、ステガノグラフィーの可能性が高いと思う」  僕も実はその可能性を考慮していた。しかし失敗して本が燃えたり、水にぬれてしわくちゃになったりしたらどうしようという要らぬ心配ばかりしてなかなか出来ずにいたのだ。  ネリネは僕のそんな考えを微塵も気にすることなく、ライターを付け、本に近づけた。  すると、驚くべきことに、少しずつ文字が現れてきた。ネリネは自慢気な顔でこちらを見てきた。僕はそんな彼を尻目に、次々と浮かび上がってくる文字を読み上げた。  「ええと…。ゆ…きだる…まが…、とける…まえ…に………」  僕は驚いた。そう簡単にはいくまいと思っていたが、その実、簡単に本の内容を知ることが出来たのだ。  ネリネは早速、次の頁に取り掛かった。また僕は現れた文字を読み上げていく。「あなたの、あさの、かけらを、うばいます」  僕はネリネが次の頁に取り掛かろうとするのを手でそっと制した。  彼は案の定、どうしたのだというような目でこちらを見てきた。僕はそんな彼にこう答えた。  「一度に読んだら、つまらないじゃないか」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加