喫茶 エス・コート 2

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 一人だけ残されたクズ女は呆然としてる。 「お前だな。黒幕の女ってのは」  黒幕?ってことは、この女が首謀者? 「お前が脅してた女の子から依頼があった」  それって……私の同級生だった彼女かな。 「徹底的に始末してくれ。ってな」 「……何言ってんの?」 「身に覚えあるだろ」 「何言ってるかわかんない」 「あー。頭悪いから分かんねーか」  柳さん憎たらしい表情。  彼女、ムッとしてる。 「私に何かしたら、みんな黙ってないから」  ……彼女はクズだけど若い女の子。  何かすれば柳さんが一方的に悪くなる。 「あー、確かに。理不尽だよなぁ。若い女ってだけで世間は無条件で味方すんだから」 「わかってんならジジイは引っ込んでな」 「同世代の女の子をクソ野郎に売ってもお咎めなし」 「だから何?」 「本当に理不尽だ」  柳さんが黒い手袋を嵌めた。  そして、左手で彼女の細い首を掴む。  骨が折れるんじゃないか、ってくらい強く。  彼女は心底驚いたって顔してる。 「女の子だから許されると思ったか?」 「なんで……」 「わりぃな。悪人は男女差別しない主義なんだわ、俺」  クズは等しくクズ。  柳さん、よく言ってる。 「あぁ、心配すんな。今頃、犬が脅しのネタを全部処分してる。後で誰かに見つかったら、お前も嫌だろ」  今回は甲斐さんも動いてるんだ。  証拠が残れば被害者は更に傷つくから。  さすが、抜け目が無い。 「さて。そろそろ始めるか」  いつも笑ってる彼が、今は全然笑ってなくて。  本気で怒ってるのがわかって。  ちょっと怖かった。  及川さんは私を連れ、建物の外に出る。  聞こえていた悲鳴が消えて行く。  女の子相手でも容赦ないんだ。  彼らはプロの殺し屋なんだって。  改めて知った。 ◆  柳さんと及川さんは依頼者から首謀者の女の話を聞いて。  私に声を掛けた人物と一致することに気づいた。  私が危ないと思って学校へ行ったら、もう帰宅したって言われて。  一度、家に戻ったけど私は居なくて。  すぐに甲斐さんに連絡。  依頼者の話と組織のネットワークを使って場所を特定。  間一髪で私を助けることが出来た。 「……ごめんなさい」  帰宅した私はシャワーを浴びてから、リビングでくつろぐ2人に何度も謝ってた。 「だから。凛ちゃんは悪くねーって言ってんだろ」 「また迷惑かけました」 「気にするな。それより」  及川さんは私の左頬に触れた。彼女に叩かれたところ。  お風呂で見たら少し赤くなってて。  彼は心配で仕方ないみたい。 「大丈夫です。痛みはありません」 「あの女……俺が処分したかった」 「任務に私情を挟まないでください」 「俺、思いっきり挟んだけどな」  彼女は殺されなかった。  けど。心の方はダメだ。って柳さんが言った。  運が良ければ警察が見つけて保護してくれると思うけど。  依頼者の希望は『死ぬより酷い目に遭わせること』だったのかな。たぶん。  気持ちは分かる。  簡単に殺すなんて優しすぎる。 「柳さん」 「ん?」 「私、強くなりたいです」  そう言ったら、2人とも驚いてた。 「守って貰わなくても大丈夫になりたいです」  柳さんは困ったように苦笑して。  及川さんは何故か複雑な表情だった。 「凛ちゃん」 「はい」 「凛ちゃんがムキムキになったら、俺が婆さんに怒られんだよな」  ……一子(いちこ)さん。彼女が私の両親を説得してくれたから、私はここに居られるんだけど。 「簡単な護身術くらいなら教えるけど。それ以上はダメだ」  柳さんが反対する理由は分かった。  及川さんは? 「……凛は俺が守りたい」  ……それが理由?  嬉しいけど。 「私は。及川さんと柳さんを守れるようになりたいです」  無理だとわかってる。それでも。  せめて彼らに迷惑かけないくらい強くなりたかった。 ◆  しばらくして。  依頼人の子が店に来た。  昔みたいに綺麗でキラキラしてて。  元気になって良かったと、心から思う。 「凛さんは優しいですね」  日曜日のランチ営業の後。  テーブル席で向かい合っておしぼりを丸めてる及川さんが言った。 「そうですか?自分では冷たいと思います」 「それは悪人に対してだけですよね」 「そうかもしれないですけど」 「柳はあんなこと言ってましたが。私は凛さんにSになって欲しいと思っています」 「無理です」  キッパリ断ったら、及川さん切ない顔をした。  ……甲斐さんみたいに何度も騙されないから、私。  そんな悲しい目してもダメ。  いくら及川さんのこと好きでも。  大好きだけど。ずっと傍に居たいけど。  別にSにならなくても傍に居られるし。  強くなれるし。  だから私は……。 「……ごめんなさい」  また負けてしまった。これが惚れた弱みというやつなのかも。 「ほら。優しい」 「優しいっていうか心が弱いだけです」 「私も出来ることなら凛さんを危険な目に遭わせたくありません」 「そうなんですか?」 「愛する人を失いたくありませんから」  もう悲しい思いはしたくないよね。及川さん。 「ですが。同僚になれば常に傍に居られます」 「理屈では、そうですけど」 「先輩と後輩。惹かれあって結婚してもおかしくありません」 「けっ……こん?」  本気?私と? 「凛さんのご両親に納得して頂くのは難しいと思いますが」 「……ですね」 「嫌ですか?」 「及川さんと結婚すること、ですか?」 「はい」  嫌な訳ない。でも。何か不安。  及川さんのこと好きだけど。  彼みたいに素敵な人が私なんかを選ぶ理由が無い。  騙されてるかも、って思う。申し訳ないけど。  私みたいにお金も持ってない子供を騙したって彼にメリットは無い。  あるとすれば……身体?  いや、身体だって貧相だし。 「わかんない……です」 「そうですか」  彼の左手に目をやる。  相変わらず薬指には指輪が光ってる。  ……そうか。  及川さんは今でも環さんが好きで。  環さんに似てる私を代わりにしたいだけなんだ。  それなら説明がつく。 「……凛さん?」  私は泣いてた。  悔しくて惨めで。  彼の傍に居たいけど。  きっと彼は一生、【私】を見てくれない。 「……及川さん」  震える唇を、必死に笑みの形にする。 「私やっぱり、家に帰ります」 「どうして」 「そもそも無理があったんです。出会ったばかりの男性と同居するなんて。どうかしてました」 「気の迷い、でしたか?」 「はい。ごめんなさい。迷惑かけました」  及川さんは黙った。怒ったかな。  でも、それでいい。 「あ、依頼のお金は少しずつ払います。分割でもいいんですよね。だから、許してください」 「お金は要りません」 「嫌です。受け取ってください」 「貴女が此処に居てくれれば。私は、それだけで」 「……もう構わないでください!」  思わず大きな声で拒絶した。  小さい自分が嫌になった。 「短い間でしたがお世話になりました。荷物は、また取りに来ます」 「凛さん」 「いろいろ気を使って頂いたのに、すみません」 「環のことですか」  言い当てられた。  及川さんは勘がいいし、私はすぐ顔に出る。 「確かに。貴女は環に似ています」 「だから、好きなんですよね。でも私は環さんになれません」 「凛さんに身代わりは求めていません」 「私が環さんみたいに魅力的じゃないからですか?」  柳さんや甲斐さんから聞いた環さんは。  美人でスタイルが良くて強くて天真爛漫で。  皆に愛される女性だった。  私が似ているのは顔だけ。  それだってきっと、環さんには負けてる。 「……話さずにいようと思ったのですが」  そう前置きして、及川さんは続ける。 「環は……私の娘でした」 「……え?」  ……嘘でしょ?  及川さんと環さんが親子? 「あぁ、すみません。正確には、娘になっていたかもしれない女性でした」 「……どういうことですか?」 「私が若い頃に大失恋した……という話は知っていますよね」 「……はい」 「相手は3つ歳上の、人妻でした」  人妻!?それはフラれて当然でしょ! 「彼女は私の師匠の妻で。道ならぬ恋でした」  ……師匠。ってことは殺し屋? 「諦めようと思った矢先、彼女は夫を亡くした。その時、彼女のお腹には子供が居て。私はすぐにプロポーズしました。お腹の子供を自分の子として育てたいと」  何と言うか、うん。及川さんらしい。 「結果、見事にフラれました」  及川さんは薬指から指輪を外してテーブルに置く。 「この指輪は、その時のものです」  よく見たら、結構古い。  環さんじゃなくて……その人との思い出の指輪だったんだ。 「環の遺品を整理していたら、私がプロポーズした時、彼女に押し付けた指輪を見つけて。環が母親の形見だと言って、いつも身に付けていたものでした」  彼女は……環さんのお母さんは、及川さんから受け取った指輪を大切にしてた。  それって……彼女も及川さんのこと好きだったってことだよね。  嫌いな相手から貰ったものなんて捨てるはずだから。  及川さんは気付いてるよね。  彼女は、まだ若くて未来のある及川さんに自分と子供の人生を背負わせたくなくて、プロポーズを断ったって。 「もしかしたら、と組織に掛け合って過去の記録を調べて貰い、環が彼女の娘だと知ったんです」 「……そうだったんですか」 「だから私は環を娘だと思っています。それは今も変わりません」 「……私のことは?」  及川さんは不思議そうな顔をした。 「凛さんのことは異性として、恋愛対象として見ていますよ。最初から」  環さんに対する家族愛的な感情とは根本から違うって。  及川さんは言ってる。 「……嘘です」 「何が嘘なのでしょうか」 「及川さんが私のこと好きなんて、嘘です」 「どうして、そう思うんですか?」 「だって、私、全然魅力的じゃないし。子供だし。迷惑かけてばっかで。何もいいとこなくて」  だから、せめて。いい子で居なくちゃって。  そうやって生きて来たから。 「そうかもしれませんね」 「……否定してください!」 「でも。それが凛さんです。私は、そういう凛さんに惹かれています」  及川さんが私の左手を握って言う。 「次の日曜日。指輪を買いに行きましょう」 「え……」 「私も新しいものを。お揃いで」  それって……婚約指輪? 「い……いいです!要らないです!」 「どうしてですか?」 「だって。まだ、そういう関係じゃないですし」 「そういう関係になればいいんですか?」 「そういう訳でもなくて!」  まだ信じられないから。  私にも愛される価値があるって。 「では」  及川さんは微笑んで、私の左手の薬指にキスした。 「予約させて頂きます」  ……負けた。完敗だった。  もう、騙されててもいいや、って思う。  ありえないくらい幸せを感じるから。 「楽しそーだな、オイ」  すぐ後ろから声を掛けられて本気で驚いた。  柳さん、珍しく本気で不機嫌な顔してる。 「……ごめんなさい!仕事、します!」 「あー、いいって。イチャイチャしてて。俺のことは気にせずに」  言葉にトゲがある。気になるし。イチャイチャ出来ない。 「羨ましいか。柳」  及川さんドヤ顔で煽ってる。  お互いに信頼してて仲良しだから出来るんだと思う。  2人のそういう関係、好き。 「俺も凛ちゃんとイチャイチャしてーよ」 「他を当たれ」 「こんなオッサン相手してくれる女は居ねーよ」 「そんなことないです!柳さんかっこいいですし!」 「マジ?じゃあ俺ともイチャイチャしてくれる?」  横目で及川さんを見たら笑顔だった。  逆に怖い。 「冗談だよ。本気で困られると傷つくんだけどな」 「……ごめんなさい」
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