第一部 見捨てる生命、救われる魂

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第一部 見捨てる生命、救われる魂

【ジャンク山】  少年は集落近くにある工場の跡地、集落では『ジャンク山』と呼ばれる場所に来ていた。山とは言ってもこんもりとした自然の山ではなく、跡地のそこかしこに工場の瓦礫(がれき)や機器類が積み上がったものである。今では建物の痕跡もなく、何の工場だったのかその面影すら判別できない()(さま)だが、集落の老人たちは液晶ディスプレイや周辺機器の生産工場だと語っていた。  少年はその瓦礫の山々を探し回り、金になりそうな機械や装置を選別し、袋に詰めた。  物音を立てないように慎重に山に埋もれた基板を取り出す。下手に抜き取ると全体が崩れて瓦礫に埋もれてしまう危険があるためだ。抜き取りができたとしても、大きな物音を立てるとドローンが寄って来る可能性が高く、見つかるとかなり厄介なことになるため、大人でもジャンクの取り出しは神経をすり減らす作業だった。その上、ギラギラと地を照りつける太陽の光を(さえぎ)るものがなく、廃品の鈍く光る照り返しも相まって少年は汗だくになっていた。  ふう、と息を()き、水筒を口へ運ぶ。まだ大きな成果となるジャンクは見つけられていないが、持って来た水は水筒の四分の一程度にまで減っていた。  一日かけて直径五センチ程度の磁石二個と、二十センチ四方の電子基板一枚を見つけるのが精一杯だった。このまま探し続けても身体がもたない、そう判断した少年はまだスカスカの袋を肩に担ぎ、ジャンク山を出ることにした。親方のいつもの言葉と苦い経験を思い出す。『ジャンク拾いは引き際が肝心だ』と。  以前少年はその忠告を忘れてジャンクを探し続け、脱水症状で倒れたことがある。運良く別のジャンク探しに来ていた集落の大人に助けてもらえて難を逃れることができた。  それからというもの、親方はジャンク山へ出かける少年に向かって口が()っぱくなるほど声をかけていた。少年も死にかけた恐怖が教訓となり、無理に探索はしないように心がけるようになった。  ジャンク山での廃品集めは日々効率が悪くなり、特に貴重な電子基板や集積回路など金になる物品が中々見つかりにくくなっていた。多人数で何十年も同じ場所を(あさ)っているため、取りやすいところにあった有用なジャンクはほとんど取り尽くされている。奥まった場所に隠れているジャンク品は掘り出すのも手間がかかる上、物音を立ててしまう可能性が高まり、危険なので(みな)やりたがらないのだ。  隣街(となりまち)からのジャンク品の依頼は年々増えているが、それを満たす分の品は不足している。そのため多少質が悪くてもある程度の価格で買い取ってくれるので、親方も少年も不作による困窮(こんきゅう)は今のところは感じてはいなかった。ただ、この状況が続くと隣街からの依頼が減って行く可能性はある。ここらで大きな額で取引できる物品を見つけておきたい状況ではあった。  少年は帰途(きと)につく際も物音を立てないように注意しながら工場の跡を抜けて行く。一瞬、ドローン回避用のジャミングユニット起動ボタンに手をかけたが、電力の残量を思い出して手を離す。バッテリーはあと三十分程度しか持たない。しかも充電を繰り返すことで総電力量の上限が少しずつ減ってしまい、寿命を終えてしまう。バッテリーパックは需要が高く、数が少ないため大変高価な貴重品であった。親方が言うには昔は十二時間以上持つバッテリーが存在していたらしい。少年にとっては夢のような話しだが、もし見つけられたらそれこそ年単位で遊んで暮らせる金に変わるだろう。  そういう訳で、ジャンク品の探索中は危険は承知の上でジャミングユニットを使わず、音を極力立てないように探索と移動をする方が効率的で安上がりだった。また気配を消し、隠れて移動することで賊徒(ぞくと)に遭遇する確率も減る。ドローンに比べればいくらかは人間性の片鱗(へんりん)は残っているとはいえ、慈悲深(じひぶか)い存在ではない。(むし)ろ助け合うべき人類同士にも関わらず苦痛や恐怖で弱者を支配し、人の尊厳を踏みにじる(やから)であった。そのため、無差別に容赦(ようしゃ)なく殺しに来るドローンの方が相手をする方がまだマシとも思われていた。  今のところ特にそうした危険な連中には遭遇することもなく、地図端末とコンパスによって集落への帰途につくことができた。  ここしばらくはジャンク山で地図端末のような機器は見つかっていない。また、運良く見つかっても欠損や腐食が進んでいて大抵はそのままでは使いものにならなかった。一見ゴミのようなジャンクから代用可能な部品を()り分け、修復に成功したものが行商人を通じて売られることがある。  生活用品や医薬品、水や食糧などあらゆる物品は値が張るが、地図端末などの電子機器は桁違いに高価なものだ。少年にとっては痛い出費ではあったが、今を(のが)すと次はいつ買えるかわからないため、思い切って購入した。弟と半年は暮らして行ける額ではあったが、GPSで自分の位置を把握できる上に、接近するドローンをほぼリアルタイムで探知できる機能は、安全に集落とジャンク山を往来するのにとても役立つものだった。  そこまでして生きて戻ることに執着するのは彼の弟の存在が大きかった。  行商人と共に訪れた医師が一度弟を()てくれた際、少年の弟は自閉症と知的障害という症状で、病気や怪我のように薬や治療で治るものでない、と告げられた。弟は人が話す言葉は解するものの、自分からの発語は少なく、あったとしても単一の名詞か動詞を用い、(まれ)に二語以上の発話(はつわ)がある程度だった。それ以外は常時ウーウーと(うな)ったり、何処(どこ)からか聞き覚えた意味のない単語や文節を繰り返し発していることが多い。知能的にも同年代の子供たちと比べてもかなり遅れており、身の回りの世話を含めて兄である少年が介助する必要があった。また、弟は不眠がちで寝つきが悪く、夜泣きすることが多かった。  医薬品はどの集落でも全般的に不足している。医療系端末のデータベース解析と研究が進んで製薬可能になった薬剤が増えてきたものの、精神安定剤や睡眠導入剤など、心を落ち着けたり寝つきを良くするような薬は圧倒的に供給量が少ない。あったとしても対処療法的な効果に(とど)まり、効果も一時的なものに過ぎないが、それでも少年は弟には心(おだ)やかに過ごさせてやりたい一心で、薬剤の調達に(つと)めていた。  少年は六年ほど前にまだ幼い弟と共にジャンク屋の親方に預けられた。両親は死んだと伝えられていたが、親方に預けられる以前の生活や、両親のこと、その顔も記憶から消え落ちていた。  親方の元で生活を始めてからしばらく()つと、弟は自分のできる範囲で身の回りのことや兄である少年の仕事を(つた)いながらも手伝ってくれるようになった。  最初の頃は少年がジャンク拾いに出かける時に離れるのを嫌がって泣き(わめ)いていたが、それも落ち着いて、今では大人しく小屋で少年の帰りを待ってくれるようになった。  少年にはいずれはエンジニアと呼ばれる職業に()きたいという望みがあった。壊れた機器や乗り物を修復し、販売している工房が隣街にあるという話を聞いてから、そんな生活に(あこが)れを抱くようになった。  エンジニアとしての腕を(みが)き、ジャンク品をレストアしてそれを売ることができれば、弟にもっといい薬が与えられ、生活も良くなるだろうと考えていた。  しかし、隣街は集落から直線距離でも六十キロ以上はあり、とても弟を連れて徒歩で移動することはできそうもなかった。それに賊徒やドローンに遭遇する危険も無視できない。それらの危険を避け、運良く街へ辿(たど)り着いたとしてもエンジニアの修行の(かたわ)らで弟の面倒を見れる自信はなく……かと言って弟をひとり集落に残して行くこともできず……という八方(ふさ)がりの堂々巡りによって、少年の夢は(ふく)らんでは(しぼ)み、萎んでは膨らむということを繰り返していた。  ただ、その夢は完全に消え失せることはなく、()き火の燃え(かす)のように常に少年の心の奥底で(くすぶ)り続けていた。  少年が集落の入口に着く頃には陽も西に傾き始めていた。夜になると門扉(もんぴ)が閉められてしまうので、あまり外で長居してはいられない。入口に立っていた警備の男が少年に声をかけて来た。 「おう坊主、収穫はあったか?」  少年は肩に下げていた袋を持ち上げて見せて、ため息を吐く。 「ジャンク山だからね。全然だよ」 「そっか。ま、気を落とすなよ」  男の慰めの言葉を背に、少年が門を通って中へ入ると、警備の男は門扉を閉じ始めた。  少年は振り返って男に(たず)ねる。 「僕で今日は最後?」 「ああ、そうだ。  最近、この辺の賊徒が活発化してるってんで、みんな早めに引き上げて来るんだ。  いいか坊主、ヘンな気を起こして遠出なんかするなよ。戻って来れなくなっても助けに行けないんだからな」  賊徒に関する話題を聞き、少年は早めに引き返して来て良かったと思った。  集落は全体を廃屋などから掘り出した鉄骨や鉄筋などで柵を組み、隙間を大小の瓦礫で積み上げた三メートルほどの高さの囲いで覆われており、この近辺の集落の中では割と防備がしっかりしている。囲いの四方には高さ五メートルほどの物見櫓(ものみやぐら)が建てられ、常時自警団が賊徒の接近などを監視し、日夜交代で集落内を見周り、警備を行なっている。  集落には太陽光発電パネルと蓄電装置の他、エンジン式の発電機もあり、これによって大型のジャミングユニットを常時起動させている。重火器類や弾薬などの備蓄もあり、発電機によって夜中でも高出力のレイガンを使えるため、中規模程度の賊徒であれば夜襲でも充分に追い返せる武装が整っていた。 「わかった。ありがとう」  少年は警備の男からの忠告に感謝し、親方のいるジャンク屋へと向かった。成果は(かんば)しくないとは言え、多少のジャンクは持ち帰って来ていたので親方に渡すためだ。少年は親方の品定めと廃品の説明を聞くことを楽しみにしている。どんなパーツが好まれ、需要があるのか、どうやって利用されるのかを知ることで、ジャンク拾いのヒントや指針に気づくことができたし、何より自分の知らない様々な機器や装置の知識を得られるからだった。  ジャンク屋の建物は、周囲を高く積まれたジャンクに囲まれており、どれがジャンクか傍目(はため)で判別できない。入口を示す看板も既にジャンクの中に埋もれていて、この集落へ初めて訪れた行商人はジャンク屋に入ることができないこともある。  ジャンク屋に近づくと、電動鑢(サンダー)が荒く錆び付いた金属を削り取る音が聞こえて来た。親方が作業中なのだとわかり、少年は入口に立つと大きな声で告げた。 「親方! ただいま!」  少年は返事を待つことなく建物の中へと入って行く。内部は外と変わらず、無造作にジャンク品が積まれ、ちょっとした地震で崩れてしまうことも多かった。少年にはどこにどんなジャンクがあるかを大雑把に把握していた。親方は『俺はどこに何があるか全てをしっかりと覚えている』と、豪語しているがその実、しまい忘れているジャンクも多いことを少年は知っていた。 「おっ! おかえり! 今日もダメだったか?」  店の奥から響くサンダーの音に負けない大声で親方の声が(こた)える。少年は肩から袋を下ろして親方の作業場へ入って行った。 「うん、ダメだった! 大きめの磁石が二個とよくわからない集積回路の付いた基板を一枚!」 「ああ? 何だって?」 「サンダー! 一旦! 止めて!」  親方がサンダーのスイッチを切り、ゴーグルと防塵(ぼうじん)マスクを外しながら少年に顔を向ける。ようやく静かになったので、少年は今日の成果を報告しつつ親方に近づいて行く。 「大きめの磁石、これが二個。それと、よくわかんないけど集積回路が八個ついた基板を一枚」  袋から出して親方へ基板を渡すと、親方はじっと基板を見つめた。構わず続けて少年は補足説明を行う。 「回路が腐食してたり、コンデンサが破裂してるけど、でも、他の部分はあまり壊れてないと思うんだけど……」  親方は基板をひっくり返したり裏返したりを繰り返して品定めをしていた。 「ふん。ここ最近では中々のパーツだな」  パッと少年の顔が明るくなる。しかし親方は顎髭(あごひげ)をさすりながら苦々しい表情で続けた。 「だが、これは二層の基板が重なってひとつの機能を成していたものだ。四隅にビス穴で固定していた跡がある。まぁ、その片割れが揃ってれば相当高値で売れただろうな」  少年は失意のため息を吐いた。その表情を見た親方はニヤッと笑みを浮かべて言った。 「おいおい、そんなに落ち込むな。  中々とは言ったが、こんだけキレイに形が残ってんのは大したもんだ。喜んで大金をはたいてくれるヤツらが大勢いるぞ。次に行商の連中が来るのが楽しみだな」  少年がこんなに嬉しそうに語る親方見て自分も嬉しく思った。そして親方に少しは恩返しできたような気がして気分が良かった。  親方に磁石と基板を渡し終え、ジャンク販売棟の整理や掃除を終える頃には外はもう暗くなっていた。販売棟の扉を施錠して親方に鍵を返し、挨拶をして自宅へと向かう。  こんな気分で帰宅したのはいつ振りだったろうか。少年は帰宅途中の精肉店で、少し奮発(ふんぱつ)して本物の鶏肉を買った。チキンの照り焼きは弟の大好物なのできっと喜んでくれるに違いない、そう思った少年は足取り軽く家路(いえじ)に着いた。
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