第二部 過去の手枷、未来の足枷

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【破戒僧】  ショーンの処遇についての話しの大枠はまとまり、用件を終えた集落の長は寺院を後にした。  長を丁重に外までお見送りしたウェンシィウ師と小僧が展望台へ戻って来る。棚から酒瓶(さかびん)を取り出し、アンディたちのいるテーブルに着くと瓶の中身を茶碗に注ぎ、ウェンは一気に飲み干した。 「……っぷぁ。旨え。疲れが吹っ飛ぶ」 「和尚(おしょう)様、まだ()は高いですよ……一応()めましたからね」  無駄だとはわかっていても、小僧がウェンを(とが)めた。その様子に(あき)れたようにリンが言う。 「弟子に耳を貸さず、昼間っから飲んだくれるなんて、生臭(なまぐさ)坊主振りは相変わらずね」  ウェンは大声で笑って言い放った。 「ハハッ! 人生なんて苦難の道しかないんだ。だったら今を充実させて生きなきゃな。面倒くさい『(ごう)』なんて次の『(せい)』に背負わせちゃえばいい」  ショーンにはさっきまでの姿勢を正し、穏やかな微笑みを浮かべていたウェンシィウと、今のウェンがとても同一人物だとは思えなかった。 「この集落の人と同じ仏教徒だとは思えない。僕が仏教の宗教観を理解できないのは間違いなくウェンのせいだ」  アンディの非難を、ウェンが酒を注ぎながら返す刀でバッサリ切り返す。 「アンディ、そんなに硬い頭じゃ、あんたが仏教を理解するには軽く五十二億年はかかるだろうな」  驚嘆(きょうたん)の色を隠さず自分を見つめているショーンに気づき、ウェンが言った。 「(おさ)とアンディには色々言ったが、ショーン、お前さんは何も気に()むことはない。何処(どこ)へ行ったって苦から(のが)れては生きられないんだから、だったら、お前さんの思う通り、自由に生きる方がいいに決まってる。幸いにもアンディがお前さんを助けてくれるって言い出したんだ。その厚意を甘んじて受け取って利用してやればいいさ」  そう言いながら、ウェンはまた茶碗の中身を一気に空にした。 「ウェン、あんたさっき手伝うって言ってたでしょ。アンディだけに責任を負わせるつもり?」  詰問気味に迫るリンに、ウェンは左手をひらひら振りながらニヤついてそっぽを向く。 「姉貴もわかってるはずだ。俺の性格。テキトーで、調子が良くて、無責任なヤツだって。大丈夫、アンディなら上手くやれるさ」  リンは右手でウェンの頭頂部を鷲掴(わしづか)みにし、自分の方へ顔を向けさせて、上下にガクガクと激しく揺らしながら怒鳴りつけた。 「あ・た・し・の・性格! 思い出させて! や・ろ・う・か!」  ウェンは身体をひらりと回転させ、リンの拘束を振り(ほど)き、テーブルから飛び退()いた。そして悠然と右手のひらを上に向け、指をくいっと曲げてリンを挑発する。 「上等だ! 姉貴が修練をサボってたかどうか、確認してやぶぉッ!」  リンが放った掌底(しょうてい)がウェンの腹部を直撃し、そのまま勢いよく壁際(かべぎわ)までぶっ飛んで行った。 「……ふん。ゴチャゴチャ言うから、やっぱりぶっ飛ばすことになっちゃったじゃない!」  ショーンはリンの掌底の威力に目を丸くして固まった。お頭や兄貴分たちが振るっていた力任せの暴力とは全く別次元の打撃を、華奢(きゃしゃ)で小さな体躯(たいく)から見事な動作で繰り出したのだ。それはショーンにとって人生で初めて味わう、美しさへの感動だった。  アンディが立ち上がり、倒れたウェンの様子を見に(そば)へ駆け寄った。 「くっ……不意打ちとは卑怯(ひきょう)な……」  ウェンを(かか)え起こし、肩を貸しながら、アンディは申し訳なさそうに(つぶや)いた。 「挑発なんてするから……まあ、口先だけは、君は負けてないよ」 「……まだまだ、俺の酔拳を見せてやる」  立ち上がったウェンは、アンディから素早く離れると酒瓶を掴んで一口(あお)り、そしてリンに向かって身構えた。酒に酔っているのか、足元がふらついている。(かぶ)りを振りながらリンが呆れて呟いた。 「……酔拳とか言っちゃって、ホントにバカなの?」  それからウェンとリンは素早い身のこなしで次々と拳技や脚技を繰り出す。お互い受け身を取ったり拳や蹴りをギリギリで(かわ)したり、ショーンは今までに見たことのない、一連の動きに見入っていた。  永遠に続くかと思える技の応酬だったが、決着の瞬間はあっけなかった。  ウェンの繰り出した右拳を上に跳ね上げ、左腕を掴んでリンは転身し、背中でガラ空きになったウェンの身体に体当たりをした。  ウェンはまたも壁際まで見事に吹っ飛んで行き、倒れ伏した。 「ま、参った……」  ウェンは一言(ひとこと)発した後、そのままゴロリと床に大の字になった。  ショーンは、リンだけは怒らせてはいけない存在だと改めて認識した。  この派手な姉弟喧嘩の光景も、この集落へ訪れた時の恒例行事のようなものだった。彼らが言うには、喧嘩ではなく比武(ひぶ)、と言う力比べのようなものらしいが、アンディは弟とこんな風に拳で語り合うことができるリンをちょっとだけ(うらや)ましく思っていた。  リンは倒れているウェンの(そば)に来て、どっかりと床にあぐらをかいて座り、ウェンの耳を引っ張ってたくさんの小言を浴びせた。小言が三セット目を過ぎる頃、ショーンが目をまん丸に見開いて自分を凝視(ぎょうし)しているのに気づき、気恥ずかしさを感じて急に立ち上がり、腰の(ほこり)を払いつつ言った。 「えっと、ショーンもいるし、今回はここまでにしといてあげるけど……まだゴチャゴチャ言うなら、いつでもかかって来なさい」  今しがた姉に言われた小言など、全く気にする素振(そぶ)りも見せず、ウェンが能天気(のうてんき)なことを言いながら立ち上がった。 「さてと。姉貴のお小言も終わったことだし、そろそろ駐車場へ行こうぜ。ゴローたちが首を長くして待ってるだろうしさ!」 「そうだね。荷解きの手伝いに行かなきゃ。それに、明日からの納品や販売の準備もしないと……」  アンディが残りの作業を頭に巡らせ、言った。 「そんなのは姉貴に任せときゃいいよ。何より、みんな無事に着いてよかった。毎日祈ってた甲斐(かい)があったってもんだ」  ショーンは集落の人々の暮らしが全く想像できていなかったが、疑問に思っていたことをアンディに(たず)ねた。 「なぁ、アンディ。ここの集落の人たちは、みんな……リンやウェンのような……あんな凄い動きで、喧嘩するのか?」  ショーンの言葉が至極(しごく)まともで真っ当な疑問だったので、三人は思わず噴き出した。 「さっきのは俺と姉貴の挨拶みたいなもんだ」  ショーンは今までの人生でこんなにも短時間でたくさんの驚きと発見を目の当たりにしたことはなかった。今日一日で、良くも悪くも本当に様々な体験をした。自分がどれだけものを知らずに、何も考えずに生きて来たのかを思い知った。 ・・・・・・・・  アンディたちが仏像集落へ入ったその頃。賊徒とドローンの一掃作戦を行い、爆弾を炸裂させた傭兵団が廃墟に入って状況を検分していた。賊徒に襲撃され、奪われた廃墟を取り返すと言う、あまり意味のなさそうな任務ではあったものの、依頼を受けたからにはそれを遂行するだけだ。  そうは思っても、副団長の心の(うち)には釈然としない思いが(わだかま)って息が詰まりそうだった。アンドリュー行商団が、あまり作戦に乗り気ではなかったのも気になっていた。  爆弾の炸裂によって廃墟の真ん中辺りには直径およそ二百メートルくらいの大穴が開いていた。穴の深さは深いところで二十メートルほどありそうだった。まだ所々に煙が上がっている。  賊徒がどうなったかを捜索していた団員たちが戻って来て、副団長に報告した。 「周囲を確認しましたが、生存している賊徒の姿はありません。十人程度の賊徒の死体らしきものが見つかりましたが、会敵時の人数より若干少ないようです。爆発で消し飛んだのかも知れませんが……」  団員の懸念に、副団長は賊徒の数名を取り逃した可能性を考慮した。 「何人かは爆発に巻き込まれる前に離脱した可能性もあるな。取り逃しに関しては今後対策が必要だろう」 「そうですね。上手(うま)く集落を再生したとしても、また新たに徒党を組んで襲撃して来るかも知れませんから」 「まあ、ほぼ壊滅させられていれば、しばらくは動けないだろうがな……」  賊徒が他のグループと共闘する事例はなくはない。だが、襲撃を終えた後は必ずと言って良いほど、頭目同士の潰し合いが始まり、負けた方が吸収される。吸収して勢力が大きくなるのは一見いいことではないが、頭目の求心力だけでは組織が成り立たないのも事実で、裏切りによるグループの分裂が起こる。今まで討伐した賊徒の頭目たちを(かんが)みても、連中に大人数を率いるほどの器があるものがいるとは言い(がた)い。良くも悪くも大きくは変わらないのだ。  それに比べ、ドローンの兵装や行動パターンには徐々に変化が見られた。中には進化と言って差し支えがないほどの違いを見せるものも確認されている。地上ドローンの重武装化は最も顕著(けんちょ)に表れており、兵装の威力だけでなく物理的な防御力の向上や、ジャミング波の影響を受けにくい、いわゆるEP搭載型の個体があると言われていた。  地図端末を監視しているオペレータ役の団員が副団長へ状況を伝えた。 「副団長。爆弾の爆破の前に検出したドローンの位置情報と照合した結果、集まったドローンは全て爆弾によって破壊された模様です」 「周囲にドローンの機影はないか?」 「周囲千メートル圏内には、ドローンの探知に反応なしです」  副団長がこの作戦に懐疑的(かいぎてき)だったのは、大規模な爆発を感知したドローンが多数接近して来る可能性を考えていたからだった。成果を確認するために爆心地へ戻って来た時に、ドローンに取り囲まれると言う危険性は無視できなかった。 「検証はデータを持ち帰って研究者に任せるとして。爆弾による爆発を探知してドローンが集まることはあり得そうか?」  団員は少し思案して、返答した。 「爆発の直後であればその可能性は充分にあります。ただ、その時点で賊徒が既に掃討されて、ターゲットがいないのであれば、引き返して行くでしょう」 「我々が爆発の確認に戻るタイミングが悪いと、集まって来るドローンと鉢合(はちあ)わせる可能性はあるな。ドローンが目標を失って戻るまでの時間を計測したいところだが……今回のように遠くから徐々に探知しながら戻るのが確実だな」  大穴を見下ろして副団長は、もうひとつ大きな問題について思案していた。爆薬の量の調整が難しい。ある程度爆弾に指向性を持たせないと爆風で毎回大穴を開けてしまう。この規模の穴を埋めるのも容易(たやす)くはないので、集落の再生は困難になるだろう。  それと作戦を遂行するたびにジャミングユニットの貴重な電子基板を失うことになるし、爆薬自体も潤沢(じゅんたく)にある訳ではない。 「指向性爆薬の調達と、ジャミングユニットの無駄遣(むだづか)いは頭の痛いところだな。  俺たちは実費を請求するだけだが……エンジニアたちはいい顔はしないだろう……」  エンジニアたちの努力の結晶……苦労して再生した電子基板を、爆弾に詰めて破壊するのだ。何とも無為(むい)なことをしている自覚はあったが、副団長は考えるのをやめ、団員たちに撤収の準備を急がせた。 「任務の遂行のためだ。悪く思わんでくれ……」  副団長は大穴に再び目を向け、ため息混じりに呟いた。 ・・・・・・・・  傭兵団の賊徒とドローン一掃作戦は、(おおむ)ね傭兵団と依頼した集落の長の思惑通りの結果をもたらした。  しかし、破壊される間際に極性反転の情報がドローンから発信されていた。受信した情報を元に『システム』はジャミング波極性反転の学習と分析を行い、ある結果に辿(たど)り着く。  それを元に、ジャミング波を無効化するコードの記述を開始した。
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