第二部 過去の手枷、未来の足枷

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【闘志】  食事会は中断され、アンディたちは出発の準備に取り掛かった。不本意な中断にウェンはブツブツ文句を言いながらも未練(みれん)がましくグラスの酒を飲んでいる。  行商団も酒を飲んでいるメンバーが多く、ゴローは行くと言い張ったが、ウェンといい勝負なくらいに出来上がっていたので、アンディは固辞(こじ)した。 「ドローンがどのくらいの規模で増えてるかわからないが、ここは出し惜しみなしで行こう。弾薬や必要な物資を積み込んだらすぐに出発だ」  問題なのは戦力になるメンバーの選出だった。行けそうなのはアンディ、リン、エリック、ダイチ、サクラの五名くらいだった。 「アンディ、俺も連れて行ってくれ」  ショーンが同行を申し出た。しかし、それをゴローが(さえぎ)る。 「お前は怪我してるんだぞ、無茶だ。それに賊徒に武器を預けるなんてどう考えても無理だろ」  他のメンバーたちも口々に承諾しかねる旨を呟いた。それを耳にしてもなお、ショーンは必死に食い下がって言った。 「俺だってゴローの言うことはその通りだとは思う。出会って間もない、賊徒という俺を信じてもらえるはずがないのもわかる。  正直、ドローンは怖いけど、でも、誰かのために何かしたいって言う気持ち、俺は生きていてこんな気持ちになったのは初めてだ。助けてくれた恩にも(むく)いたい。  俺にチャンスをくれ。邪魔なら捨てて行ってくれても構わない。俺は(うで)(ぷし)はからっきしだけど、銃の扱いならそこそこできる。だから……頼む」  どう言う風の吹き回しで、ショーンが何故こんなことを言い出したのか、ゴローたち団員はその真意を(つか)めずにいた。  アンディは少しの間考えて、ショーンの申し出に応じた。 「わかった。僕とリンと一緒に来てくれ」  ゴローが(あきら)めたように言った。 「……ったく……しゃあねえな。やるって言ったんだから、やってみろ、ショーン。俺の代役を(つと)めて来い」  そう言ってゴローは肩に(かつ)いでいた突撃銃をショーンに手渡した。 「ぁ、その。ぁりがとぅ……ゴロー……」  照れくさそうにショーンは小声で礼を言った。アンディは二号車のメンバーに指示を出した。 「二号車はサクラの運転で、攻撃はエリックとダイチにお願いしていいかな」  エリックが言った。 「ああ、任せろ。念のためロケット砲架(ほうか)は持って行くか?」 「う~ん。正直、コスト高なんで使いたくはないけど……地上ドローンがいるかも知れないし。二号車側でキャリアの牽引(けんいん)を頼めるかな?」 「了解だ。ダイチ、牽引作業と装弾、急げよ」 「そんなん、自分でやってくれっスよ!」  二人が二号車へ向かって行くのを見送り、アンディはまだこの後に及んで酒を飲んでいるウェンの元へ歩いて行く。 「ウェン、万が一に備えて、長や自警団にドローンの件と、ジャミング波が効かないかも知れないことを伝えておいてほしい」 「わかった。衆生(しゅじょう)を説き伏せるのは俺の仕事だからな。せいぜい怖がらせない程度に覚悟を決めさせとくさ」 「ユウ、ウェンとベンを頼んだよ」 「そんなに信用ないか……俺は」  がっくり頭を垂れるウェンを無視してユウが力強く言った。 「ですよね。お任せください」 「ありがとう、ユウ。ベン、ユウの言うことをちゃんと聞くんだよ」 「はい」  ベンが反射的に返事をして、アンディは思わず嬉しくなって微笑んだ。  アンディが駐車場に戻るのを見つけ、一号車の弾薬積載を終えたリンが報告する。 「アンディ、一号車の機関砲の弾薬、積み終わったわよ。ありったけ積んだから、そう簡単に撃ち尽くすことはないとは思うけど……夜になったら、こっちが圧倒的に不利になるわね」 「ああ、暗くなる前に何とかしたいな」  暗視スコープがあるとは言え、視界が(せば)まるので側面や背後からの攻撃に対応しづらくなる。暗闇は人間の判断力を低下させ、行動範囲を狭めてしまうが、ドローンは関係なく人間を捕捉できるため、リンの言う通り人類側が不利になる。それにアンディたちは戦闘訓練を受けた傭兵ではなく、どちらかと言えば戦い方も自己流の素人に毛が生えた程度だった。  リンに続き、ダイチとサクラが報告に来た。 「二号車のキャリア牽引、ロケット砲架の装弾共に完了っス!」 「ありがとう、ダイチ。まあでも、ロケット砲を使うことにならなきゃいいけどな」 「そうっスね……エリックは、すぐに全弾ブッパしたがるので気をつけとくっス」 「本当にですよ。一発でいくらすると思ってます?あ、団長、救急医療品の積み込み終わりました」 「サクラ、ありがとう。気が付かなかったよ、助かる」  ショーンは、出発の準備と確認をするアンディやメンバーの連携については、もう不思議さは感じていなかった。アンディのメンバーからの信頼は、お(かしら)のような暴力による支配とは全く異なるものだ。  リンの言っていた『共に暮らす』と言うことを改めてショーンは頭に思い描いてみた。簡単には行かないかも知れないが、アンディのくれたチャンスをものにしたいと思うようになっていた。  出発の準備が着々と整う中、ゲートの監視詰所(つめしょ)から戻って来たゴローがアンディに近づき、報告した。 「ゲートを開けてもらえるように頼んで来たぜ。アンディたちが出たらすぐ閉じるそうだが……くれぐれも慎重にな」 「ありがとう、ゴロー。万が一は、ないに越したことはないけど。もしドローンが集落へ来ることがあれば、すぐに逃げてくれ。それともし僕らが戻れなかったら、ゴロー、後のことはよろしく頼む」 「おい、バカなこと言うな。お前以外に誰が行商団を引っ張って行けると思ってんだ?トレーラーの回線は開いておくから、何かあればすぐに連絡しろ。いいか、危なくなったらすぐ戻って来いよ!」 「うん、僕もまだ死にたくはないからね」  ゲートが開き始めたので、アンディとサクラがバギーのエンジンをかける。一号車の助手席にリンが飛び乗った。ショーンはゴローから預かった突撃銃を大事そうに抱え、後部座席に収まった。  ゲートが開き切る前に隙間を抜け、アンディたちは傭兵団から送られた座標へ向けバギーを走らせた。 ・・・・・・・・  リヒターは自身の周りを跳ね回る跳弾に(ひる)むことなく、集中的に機関砲を備えたドローンへ銃弾を叩き込む。ドローンの破片がバラバラと地面にぶち()けられた。すぐに壁の影に隠れ、突撃銃の弾倉を取り替える。残り三個。よくはない、(むし)ろ徐々に悪い状況へ傾き始めているとリヒターは感じていた。  アンディ行商団の増援到着まで、あと五分ほど。増援が来るのを信じて、ありったけの銃弾をばら撒いていたが、予想より早くに弾薬が底を尽きそうだった。  それを表すように、団員がレイガンで空中ドローンを切り裂くように撃ち落とした。 「レイガンの使用は控えろ。地上ドローンを寄せ付けてしまう」  団員に目下の懸念と共に通達する。リヒターは重火器が残っていない今の状態で地上ドローンと遭遇するのはできる限り避けたいと考えていた。 「副団長、弾薬が残りわずかです」  団員のひとりが悔しそうに報告した。 「増援が来るまであと五分もない、各自耐え切れ」  無理を承知で団員の泣き言を黙らせるが、リヒターはドローンの増援ペースが早くなって来ているのに気づき、焦っていた。団員の焦りも理解できる。 「弾薬が尽きたものから順次レイガンを使え。ただし、できるだけ一回の斉射でドローンどもをまとめて()ぎ払うんだ。ドローンに増援の通信を送る隙を与えるな」  とは言え、ドローンの通信は数ミリ秒の間隔で瞬時に行われる。リヒターは、自分が団員に無茶振りしていることを充分わかっていた。レイガンを使うことで、ドローンの破壊速度は上がっていった。団員たちは次々に光束を放ち、ドローンを切り裂いて行く。  地図端末でドローンを探知し、団員を誘導していたオペレータが慌てた口調でリヒターに報告した。 「副団長、地上ドローン一台を捕捉。こちらへ向かっています」  やはり面倒なことになった。リヒターは心の中で舌打ちをした。 「迫撃砲の残弾は?」  団員が絶望感に満ちた声で伝える。 「あと二発です」  地上ドローンの足を止めるには到底足りない数だ。誘導式のミサイルでは地上ドローンに搭載されたEPのせいで避けられてしまう。非誘導式の迫撃砲やロケット砲を何発も浴びせることで、硬い防御システムをようやく破れる。迫撃砲の場合、距離を詰められると味方も巻き込みかねないため、狙い撃つのが難しくなる。リヒターは携行用ロケット砲を爆弾を積んだ荷車に突っ込んでいたのを、今になって悔やんだ。 「ぅうぁっ……」  団員のひとりが声にならない(うめ)き声を上げた。 「ダニエルか。どうした?」  ダニエルと呼ばれた団員が、苦悶混じりの声で報告を続けた。 「クソっ、あ、足を抜かれた……ここから、動けそうもないが、何機かは道連れにしてやる」  ダニエルは恐らく差し違える覚悟に違いない。だが、こんなことで散らしていい生命ではない、と思ったリヒターは冷静に伝えた。 「ダニエル、大丈夫だ。お前は必ず助ける。無理はせず少しずつ退避しろ。誰かダニエルのカバーに入れるやつはいるか?」 「自分が行きます」 「ジュンヤか、頼む」  負傷者が出た。地上ドローンも迫っている。状況は傭兵団にとって悪い方へ大きく傾いている。リヒターは、作戦当初に(いだ)いていた疑念が確信に変わるのを感じていた。賊徒の殲滅(せんめつ)はできたものの、その代償はあまりにも割に合わないものだった。ジャミング波を無効化するドローンの出現は、辛うじて生き残った人類の生存を脅かすだろう。  一掃作戦の成否は問題ではなかった。  ジャミングユニットの効果を失った事実が、リヒターの心を(さいな)む。しかし、こうして胸を痛めていたところで自分や団員たちが助かる訳ではない。ゴチャゴチャ考えるのは後回しにして、リヒターは突撃銃の銃把を強く握った。 ・・・・・・・・  リンが双眼鏡で指定座標付近の様子を見て、アンディに告げた。 「レイガンの光と空中で小さな爆発が見える。まだ戦闘中みたいね」 「間に合ったのかな。とりあえず傭兵団にコールして見てくれる?」  リンがコンソールを操作して、傭兵団を呼び出す。しかし、何度もコールしているが回線が繋がらない。 「……コールに応答なし。どうしたのかな?」 「予想以上に攻め立てられているのかも知れない」  ドローンの位置測定をしていたダイチが一号車のアンディに向かって叫んだ。 「団長、地上ドローンが一台いるっぽいっス!だいぶ近くまで来てるっス!」  地上ドローンの存在を知り、メンバーの表情は一様に緊張の色に染まった。戦闘など素人同然なのだからそれは当然だった。  エリックが腹を決めたようにアンディに告げた。 「戦闘中の区域を大きく迂回(うかい)して、俺たちは後ろに回り込んで地上ドローンを狙う!アンディたちはこのまま進んで傭兵団の援護を!」 「わかった! エリック、気をつけて!」 「ああ、そっちもな!」  サクラは減速もせず、砂埃(すなぼこり)を巻き上げながら左方向へステアリングを切り、二号車は離れて行った。 「サクラ! 曲がるなら曲がるって言えよ! 俺を振り落とすつもりか!」  エリックの叫びが遠くから聞こえた。 「コール、未だ応答なし……」  リンは傭兵団へのコールを辛抱強く行なっていたが、回線が繋がらないことに不安を感じ、小声でアンディに伝えた。 「コールは僕が引き続きするよ。そろそろドローンが現れるはずだ。リンは機関砲に移動してくれ」 「わかった」  走行中であるにも関わらず、リンは助手席を立ち、軽やかにバギー後部の機関砲へと移動して行った。そして、後部座席で突撃銃を構えるショーンに言った。 「ショーン、相手はドローンだから遠慮なく、片っ端から撃ち落として!」 「あ、ああ! 任せろ」  ショーンは返事をしながら、突撃銃を構え直す。アンディは念のため改良型ジャミングユニットを起動した。  数機のドローンが一号車を捕捉して接近して来るのが見えた。その途端に機関砲がドローンたちへ向かって火を噴く。そのほとんどは命中せず、空を切り裂いて行った。 「ああ、もう、当たんない! アンディ、バギーを動かさないでよ!」 「無茶言うな、狙い撃ちされるよ!」  ドローンに捕捉されないよう、アンディは細かくステアリングを左右に切り、傭兵団のいる位置へ近づこうとしていた。  ショーンは左右に傾き、上下に振動するバギーの中から的確な照準でドローンを捉え、銃弾を撃ち込んだ。次々にドローンを撃ち落として行くその正確さと手腕に、アンディは内心驚いていた。  バギーの前方で閃光が走った後、大きな爆発が起こった。地上から空に向けて光束が走るので、傭兵団はまだ生き残って応戦しているのだとアンディは理解した。コンソールを操作して傭兵団へのコールを行う。  相変わらずリンの機関砲は目標に当たらず空を(かす)めて行ったが、それでも弾幕となってドローンの接近を(はば)んでいた。その(かたわ)らで、ショーンは的確に少ない銃弾でドローンを撃ち落として行く。  何度目かのコールで、傭兵団との回線が繋がった。 「こちら、アンドリュー行商団、そちらの状況は?」  モニターに傭兵団の副団長、リヒターが映った。 「来てくれたか、ありがたい。現状、弾薬が尽きてレイガンで応戦中だ。一名が負傷して動けない他、死者はなし、残りの団員は今のところ無事だ。問題は、地上ドローンが接近している。こちらの残存兵器では歯が立たない」 「了解。空中ドローンの破壊に専念してください」  別のチャンネルでダイチから音声通信が入った。 「地上ドローンの後ろに付けたっス。この距離ならいくらエリックでも外さないっスよ」 「うるせえ。サクラ、もっと静かに走らせろ、照準がズレちまう」 「サクラ、エリックがロケットを全弾撃ったらすぐ反転して離脱するんだ。余裕があれば、こっちに合流してくれ」 「了解です。ちょっと待っててください。エリック、準備は?」 「もうちょっとだ。揺らすなよ……」  二号車への応答を一先(ひとま)ず終わらせ、アンディはリヒターのモニターに向かって地上ドローンへの攻撃について説明する。 「副団長、地上ドローンの防御システムは僕の仲間がロケット砲で何とかします。防御システムが破れたのを確認したら、みなさんの武器で一斉に攻撃して、ひとまずは地上ドローンを破壊しましょう」 「了解だ、防御システムが()がれたのを確認したらすぐに撃ち込む」  リヒターは生き残れる希望を持ち、再び闘志が燃え上がるのを感じた。その勢いで団員たちに通達を飛ばす。 「間もなくアンディ行商団が地上ドローンの防御システムを破ってくれる。その隙に各自残った武器を一斉に叩き込め!」  団員はみな口々に承諾の返事を返した。リヒターと同様、失いかけた自信を取り戻していた。  一方、二号車は地上ドローンの背後に肉薄していた。 「これ以上近づくとバレちゃうっスよ!」  エリックがサクラに言った。 「そろそろぶっ放す。反転する時はちゃんと言えよ!」  エリックがロケット砲のスイッチを六個全て跳ね上げて行く。ロケットが六本の炎を勢いよく噴き出しながら、地上ドローンの背部目がけて飛んで行った。 「反転します! (つか)まって!」  言うや否や、サクラはサイドブレーキを引き上げ、ステアリングを右へ切った。ロケット砲の発射煙を巻き上げつつ、バギーの向きが反転する。サイドブレーキを戻し、続けてアクセルを思いっ切り踏み込むと、バギーは急加速して行った。  地上ドローンは攻撃を察知して重力防殻(ぼうかく)による防御システムを起動させる。重力防殻は本体への直撃を遮断(しゃだん)する強力な防御システムだが、ロケット弾などの連爆で過剰な衝撃を受け続けると動力供給回路が一時的に動作不良を起こす。短時間ではあるが、防御システムに動力を回せなくなり、機能が停止するのだ。  その隙を(のが)すことなく、傭兵団はレイガンや残っていた銃弾を本体に撃ち込んで行く。内部機構がズタズタに切り裂かれ、負荷に耐えられなくなった地上ドローンは爆散し、大量の破片を周囲にばら()いて動作を停止した。  一号車のショーンは空中ドローンを撃ち落とし続けていた。機関砲での牽制(けんせい)も不要となり、リンは多少不貞腐(ふてくさ)れて助手席に座っている。改良型のジャミングユニットが効いているのかどうかは定かではなかったが、探知される範囲でのドローンの数は目に見えて減って行った。  これに二号車と傭兵団の攻撃が加わると、あっという間に廃墟の周辺で動作しているドローンはいなくなった。  アンディはバギーをゆっくり進めて廃墟の中を見て回った。廃墟の中央付近に大きな穴が開いているのがどうにも不自然で(いぶか)しんで見たが、傭兵団の副団長と合流するのが先だと思い、そのままバギーを流して行く。ドローン探知を行っていたダイチから通信が入った。 「半径千メートル圏内、ドローンの反応なしっス」 「ありがとう、ダイチ。ただ、真っ暗になるまでもうしばらくはドローンに警戒しといて」 「了解っス!」  ドローンの増援はひとまず途切れたようだった。廃墟の奥から、リヒターが姿を現し、親指を立ててアンディに感謝の合図をして来た。  傭兵団の無事をこの目で確認できて、アンディはようやく一息()けた。
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