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【帰還】
傭兵団の団員たちが廃墟を抜けて続々と合流して来る。負傷した団員、ダニエルが他の団員に肩を借り、足を引き摺って廃墟の奥から出て来た。
サクラとリンは、バギーから救急箱を持ち出して負傷者の応急処置を行い始める。ダニエル以外はみな擦り傷程度で済んでいたが、ダニエルの太腿の状態はあまり良くなかった。
「弾は幸いにも骨に当たらず貫通していますが、出血が思ったより酷いですね。特に射出創が……あなたの血液型は?」
サクラが負傷の状態を診ながら、ダニエルの血液型を訊ねた。顔色も良くない。
「Rh+のA型だ……」
「リン、輸血パックを取ってください」
「えっと、これね?」
「はい、ありがとう、リン」
輸血パックを受け取ったサクラが、団員の腕を消毒して針を刺す。続いて太腿の表裏の銃創を救急用の傷パッチで塞ぎ、包帯で固定しながら声を漏らした。
「持って来てる医療品では傷口の応急処置しかできません。きちんとした処置をするにはトレーラーに戻らないと……」
不安げにこちらを見上げるサクラにアンディが言った。
「そうだね……。サクラ、ありがとう。僕はちょっと副団長と話して来る」
夕陽が沈みかけ、辺りが暗くなって来ていた。ドローンの脅威は今のところ退けられたが、このまま留まると賊徒に狙われる可能性も少なからずあった。諸々のことを懸念したアンディは、団員たちに撤収指示を出している副団長に訊ねた。
「傭兵団の輸送車はないんですか?」
「今こちらへ回している。武装のない、ただのバンだから、廃墟の入口付近に停めていたんだ」
リヒターが自分の背後を指差して示した後、当初想定していた作戦終了後の動きについて説明した。
「検分データは既に送信したが、いくつかの物証を持ち帰るためと、作戦報告も兼ねてスガモ本部に戻るつもりだった。ドローンが来なければ今頃は帰投の途についていたはずだったんだがね……」
アンディは負傷者が思ったより重傷であることを伝え、提案した。
「僕の仲間が負傷者の応急処置をしていますが、傷が思ったより深いようです。僕らが今滞在している仏像集落に行けばもう少しマシな処置ができそうなので、一旦そちらへ移動しませんか? 暗がりでは賊徒に襲われないとも限りませんし……クルマなら十五分くらいで着く距離なので、ここに留まるよりは安全かと思います」
顎に手を当ててリヒターが団員を見回し、治療を受けているダニエルを見て、頷いてアンディに答えた。
「何から何まで面倒をかけて申し訳ないな。今回は我々の対応が甘かった。ジャミング波のことについても君と相談しておきたいし、団員たちも休ませてやりたい。ぜひ、そうさせてくれ」
アンディは頷き、それからメンバーに向かって言った。
「傭兵団と共に仏像集落へ戻ろうと思う。ダイチ、ゴローに連絡して集落へ戻ることを伝えてくれないか」
「了解っス! 傭兵団のことも合わせて連絡しとくっス」
「ありがとう、ダイチ。頼むよ」
それから行商団と傭兵団は慌ただしく撤収準備を行い、仏像集落に向けて出発した。
・・・・・・・・
バギー二台とバンがすっかり夜になった荒野を走って行く。太陽がなくなって、昼間はあんなに暑かった外気温が下がり、底冷えする夜だった。
リンがショーンにポンチョを渡しながら言った。
「冷えて来たからこれを被って……それにしてもショーン。あんなに射撃が上手だったなんて驚いたわ」
「ああ、あれは確かに見事だったね」
アンディもそれに同意する。安定しないバギーの中からあれだけ正確にドローンを撃ち抜く手腕を持つものは、恐らく傭兵団でもそれほど多くはない。
「……ああ。ヤツらは軌道がわかりやすいし、攻撃の時に隙ができる。そこを狙えば、誰でも練習すれば上手くなる。突撃銃より狙撃銃ならもっと精度が上がる」
リンはそれを聞いていて、ひとつの疑問が頭に思い浮かび、ショーンに向かって訊ねた。
「ねえショーン。その腕があるのに、どうしてあんたのお頭はあんたを見捨てたのかな?敵に回らなかった分、あたしたちには大助かりだけど……」
ショーンが表情を強張らせた。見捨てられた時の恐怖と脱力感を思い出したからだった。その表情から、触れられたくないことだったろうとアンディは察して、バックミラー越しに口を挟もうとしたが、先にリンが謝った。
「あ、ごめん……無神経だった。言いたくないことも、あるよね……」
リンの思い遣りにアンディは薄く微笑んで前を向いた。ショーンは頭の中で少し考えをまとめ、話し始める。
「いや。いいんだ。言っとかないといけない。俺は、人間を撃ったことがない。人を殺したこともない。人を、撃てないんだ。撃とうとしても怖くて弾を外してしまう。だから、俺はお頭や兄貴たちにとっては役立たずだったんだ」
リンが声を詰まらせた。
それは本当のことなのだろうか、と言う疑問も浮かんだが、真剣な面持ちで語るショーンに嘘はない、と二人は感じた。
「人を撃つ、なんてことしない方がいいに決まってる。残念ながら僕はそうではなかったけど。そう言う意味では、僕も賊徒とそんなに変わらないのかも知れない。ショーン、君の方が僕よりもかなり人間として真っ当な生き方をしていると思うよ」
「アンディは人を撃ったことがあるのか?」
「ああ。それも少なくない数を……ね。初めて賊徒を撃ったのは僕が十二歳くらいの幼い頃だ。それからもたくさんの賊徒を撃ち殺した。一度こっち側に足を踏み入れたら、もう二度と引き返すことはできない。相手は賊徒だと言うことを免罪符にして、正当化して、正義を振りかざすことで、人を殺すと言う罪の意識や呵責をどんどん失くして行った」
声を荒げることもなく、穏やかに話し、微笑むアンディに、こんな面があるとはショーンには想像がつかなかった。今でも信じられない。
「俺は、あんたが……アンディが人を殺す姿を想像できない……」
「ハハッ、君にそう言われると、何だかじわじわと呵責を感じるね」
リンが口を挟む。
「人は見かけによらないのよ。アンディは敵に回すと人でもドローンでも容赦ないんだから」
「君はもう少し命中率を何とかしないとな。あんなに銃弾を垂れ流しといて、あれが一発あたりいくらすると思ってるんだい?」
「確かに……あれは酷い」
ショーンがボソッとアンディへの同意を呟く。それを聞いたアンディとリンが堪らず噴き出した。ショーンもつられて苦笑いを浮かべる。
前を見つめつつ、アンディは真顔になってショーンに語りかけた。
「ショーン。君はこれからも人を撃ち殺す必要なんてない。人を撃つことが怖い、人の生命を奪うことが怖い、その当たり前の感情は人として大切なことだと僕は思う。本当は失っちゃいけないものなんだ。こんな酷い世の中で、甘いことを言っているように聞こえるかも知れないけど……できるなら、君にはそのままでいてほしい」
ショーンは今まで自身を出来損ないだと感じて生きて来た。だから親にも、お頭にも捨てられたと思っていた。
しかし、アンディは自分の生き方を肯定してくれた。初めて会ってからまだ一日にも満たないし、お互いを良く知らないはずなのに、彼は自分の生き方を認めてくれた。真っ向から肯定されるのは今までになかったので、同時に気恥ずかしさを感じていたが、それも含めて悪い気はしなかった。
・・・・・・・・
間もなく、仏教集落のゲートが見えて来た。既にゲートは開いている。ゴローが監視詰所の警備員に伝えていたのであろう。
行商団の何人かがゲートの外に出て手を振っていた。
「さぁ、帰ってご飯にしよう」
「そうね、もうお腹がペコペコだもん。ショーンは何が好き?」
急に話しを振られたショーンが戸惑いを口にした。
「俺も……食べていいのか?」
「当たり前でしょ、仲間なんだし!」
「リンの言う通りだよ。さて、ベンは大人しく待っててくれてるかな」
ジャミング波や傭兵団の作戦など、色々な問題や疑念がアンディの頭の中にあったが、後で考えることにし、それらを振り切るようにアクセルペダルを深く踏み込んだ。
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