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【別離】
それから三年ほど、ショーンは行商団と行動を共にした。最初の頃は毎日が驚きの連続で、団員とのコミュニケーションもぎこちないものだったが、共に暮らす中でショーンは人としての生活を知り、仕事のやり方を身につけて行った。
賊徒として生きていた頃は、今日明日の食事のことしか頭になく、お頭や兄貴分の機嫌を損ねないように息をひそめ、ただ生き残ることへの渇望しかなかった。
行商として色々な集落を目にして、様々な生き方を知るほどに、生きることが目的なのではなく、人と共に如何に生きて行くか、どうすれば良い生き方になるかを考えるようになった。最初に会った、僧侶としてのウェンシィウの言っていた言葉は、あの時のショーンには理解できなかった。
『人としての生き方を知り、人と共に生き、入滅を迎える前に何を為すべきなのか……』
それが、今では何となくわかるようになっていた。集落の人たちの、並んでいる商品を手にして喜びに満ちた表情を見るたびに、ショーンは自分の胸の裡に何かが満たされたように一杯になり、苦労した仕事が報われる気がしていた。
真摯に仕事に取り組む彼の姿は、次第に団員たちも認めるようになり、少しずつ周囲からの信頼を得て行った。
リュウガサキ集落が復興して人々が移り住むようになって二年が経過していた。結果的には賊徒から廃墟を取り返すことはできたが、ジャミングユニットの改良を施してもすぐに『システム』に対策されるため、定期的にパッチを当てて対応すると言ういたちごっこが続いていた。アンディたちは根本的な解決方法を模索しているものの、まだそれには至っていない。
傭兵団は『システム』の中核が何処に在るのかを捜索しているが、こちらについては雲を掴むようなもので、やはり難航していた。運良く見つけ出して破壊しても、それは中核ではなく複製された『システム』の一部でしかなかった。
アンディは恐らく『システム』は単一で構築稼動されているものではなく、ネットワーク上にいくつものノードが存在していて、それらは分割された一部機能であると同時に全体でもあると認識していた。
つけ焼き刃とは言え、ジャミング波が看破された時点よりもドローン被害は抑えられてはいるので、リヒターが想像していた人類の生存の危機は回避された。
ジャミングユニットの極性反転による計画は副団長であるリヒターやドローンと戦った団員たちの猛反対と、人類を完全な滅亡へ追いやる危険性を鑑みた団長の決断によって中止された。
そのため一時は少なくなった賊徒による被害が最近になって活発化していた。
・・・・・・・・
リュウガサキ集落では復興から二年目を迎えた節目として、いくつかの行商団を集めたバザーを計画していた。アンドリュー行商団にも参加要請が届いていた。アンディはメンバーと相談し、行商のスケジュールを調整して出店を決めた。
比較的規模の大きな集落は、バザーを開き、人を集めて商品の流通を活発化させたり、人との交流を図ることが稀にある。
ただ、ひとところに人と物資が集中するため、賊徒に目をつけられやすいのも事実で、傭兵団や自警団が忙しくなるイベントでもあった。それでもお祭りにも似た賑やかな雰囲気は、娯楽や楽しみの少ないこの荒廃した世界に於いては人々の気分を大いに高揚させ、それが明日を生き抜いて行くための活力となっていた。
アンディたち団員は、バザーで売る商品をどうするかみんなが頭を悩ませていたが、人々に喜んでもらえるものを考えることは苦ではなく、楽しんであれこれと商品を頭に思い描いてアイディアを出し合った。
最終的にはバーベキューとお菓子を無料で振る舞って人を集め、電子機器を購入してくれた客にはジャミングユニットのコード更新を無料で行うことになった。
肉を大量に買い付け、みんなでクッキーなどのお菓子を作った。電子機器の用意には時間を要したが、ゴローとエリック、ダイチが夜通し交代で回路の修復と再生を行い、ギリギリで数を揃えることができた。意外と準備に時間がかかってしまったが、アンディたちは予定通りにリュウガサキ集落へと到着した。
いつものようにトレーラーから荷下ろしを行い、各自が荷解きをして出店の準備を行って行く。半日もかからずに準備が大体終わった。
ショーンはレーザーや爆風で灼けた色とりどりのガラスの破片を集め、サンダーや研磨剤で研いていた。形は歪だが、ツルツルに研いたガラス玉はベンにあげると楽しそうに転がして遊び、喜ぶので、時間がある時にせっせと集めては研いていた。また、ドローンの電子部品は『システム』の汚染が酷く再利用できないが、センサー部やカメラ部などのガラス片はそれなりに使い道があった。
今日も出店の準備が早くに済んだので、空き時間で集落から少し離れた廃墟を巡り、材料となりそうなものを探し歩いていた。
足を止め、廃墟の上の方を仰ぎ見た。三年前、アンディたちと初めて出会い、ここでドローンと戦ったことを思い出す。あの出会いが、仲間たちが、自分の人生を変えてくれた。
思いに耽っていると、誰かの足音が背後から近づいて来た。少しギョッとして振り返ると、サクラがこちらへ歩いて来ていた。
「なんだ、サクラか。驚かすなよ」
「あ、ごめんなさい。別に驚かすつもりじゃなかったんですが……。あなた、ベンのおもちゃの材料を探してるんでしょう?」
「ああ、そうだ。あいつはツルツルピカピカが好きなんだ。とっても喜んでくれるんで、な」
喜ぶベンの顔が頭に浮かび、ショーンは笑った。その笑顔に、サクラが言った。
「最近のショーンは、良く笑うようになりましたね」
「そう……なのかな。だとしたらみんなが、俺の生き方をいい方向へ変えてくれたお陰だろうな」
口に出してみて、急に気恥ずかしくなってショーンが俯く。
「ふふっ。材料、一緒に探してもいいですか?」
「ん? あ、ああ……」
相変わらず気の利いたことが言えないが、サクラの笑顔に何だかわからない感情が胸に溢れる。ショーンはどう声をかけていいのかわからなかった。
それを察したのかサクラは何も言わず、しばらく二人は黙々とガラス片を探し、拾い集めた。
その廃墟に身を隠し、ショーンたちの様子を窺うものたちがいた。
「あれは……ショーンじゃねえか」
かつてショーンの兄貴分だった賊徒が小声で隣の男に告げ、廃墟の隙間から男が覗き見る。
「ああ、そのようだな。何だかよろしくやってるようだが……?」
「どうする?」
「恐らくすぐに集落へ戻るだろう。先回りして、入口辺りであのアマを引っ捕まえる。人質にして物資を奪ってやろうぜ。ショーンにも手伝わせてな」
「そりゃいいな、お頭」
自身の側頭部を指差しながら男は言った。
「へへへ、俺は前のお頭とはココの出来が違うんだよ。回り込むぞ」
賊徒たちは、ショーンとサクラに気づかれぬよう、静かに回り込むように移動して行った。
・・・・・・・・
集めたガラスの破片は、持って来ていた麻袋一杯になっていた。
「たくさん集まりましたね」
「ああ、サクラのお陰だ。ありがとう。こんだけありゃあ、ベンも大喜びするな」
ショーンの口から自然とお礼の言葉が出る。その様子にサクラが微笑んで言った。
「あなた、本当に……変わりましたね」
「……そうかな」
「ぶっきらぼうなのは変わりませんが」
クスクス笑うサクラを見ていて、ショーンがふと考え、そして言った。
「性格は簡単には変わらない。アンディもよくそう言ってる。サクラの運転が荒っぽいのもそうだろ?」
「ショーンったら!」
「ははっ、さあ、そろそろ戻ろう」
「はい」
二人は並んで集落へ向かって歩き出した。
集落への入口が見えて来た時、ショーンは周囲の様子がおかしいことに気づいた。空気感がおかしい。誰かがこちらを窺う視線を感じ、ショーンは思わず誰何を口にした。
「誰かいるのか?」
突然男が物陰から飛び出して来て、ショーンに体当たりして吹き飛ばす。ショーンは不意に襲った衝撃に抗えず、ゴロゴロと地面を転がった。
「きゃあっ!」
サクラの悲鳴にショーンが顔を向けると、もうひとりの男がサクラを突き飛ばして地面に倒した。
ショーンはよろよろと起き上がり、突然現れた男たちを見て驚愕した。
「あ……兄貴たち?」
賊徒のひとりが地面に倒れたサクラの髪を掴んで引き起こす。髪を引っ張られる痛みにサクラが小さく呻き声を漏らした。
「サクラ!」
「おっと、動くなよ」
賊徒が銃口をサクラに向ける。
「着ているものも、恰好もすっかり変わっちまって。なあ、ショーン」
「兄貴……」
男は被りを振ってショーンに言い放った。
「違うな。今は俺が、お頭だ」
「その人を離せ」
もうひとりの賊徒がショーンに銃を向けて凄んだ。
「ああ? お頭に何て口を利きやがるんだ!」
ショーンが歩み寄ろうとすると、その足元に向かって賊徒が銃を撃つ。銃声が集落や廃墟に響き渡った。
「バカやろう、勝手に撃つな!」
兄貴改めお頭が男を咎めた。
「もう遅い。今の銃声で、もうすぐ集落の人たちが来る。今ならまだ引き返せる。あんたらは、ここにいちゃいけない」
ショーンの背後から数人が駆けて来る足音が聞こえて来る。ちらっと振り返ると、アンディたちが走って来るのが見えた。
ショーンはお頭に向き直りもう一度言った。
「その人を離して、ここから去れ。もう俺とあんたは関係ない。だが、一時は一緒に暮らしていた恩もある。殺されたくなかったら早く行け」
「ハッ、随分とベシャリが立つようになったじゃねえか。このアマを殺されたくなけりゃ集落から食い物と武器を奪って来い。どう足掻いたってお前は俺たちの手下なんだからな!」
「ショーン!」
アンディがショーンの側に駆け寄って来た。しかし、その状況を把握して足を止める。
「アンディ、すまない。俺のせいだ……俺のせいでサクラが……」
「ギャハハ!そうだぜショーン! わかったら大人しく食い物と武器を奪って来い。俺たちの仲間ならな」
ゴローやリンたちが近づいて来るのを賊徒の手下が制する声を上げた。
「お前ら、こっちへ近づくんじゃねえ!」
賊徒のお頭は、アンディの腰のレイガンを目ざとく見つけると、ニヤリと薄ら笑いを浮かべてショーンに命じた。
「ショーン、まずはそいつのレイガンをこっちへ渡せ。おいそこの、妙な真似すりゃこのアマの頭をぶち抜くぞ」
ショーンが背後へ後退りながらアンディに近づいて行く。そしてアンディのホルスターに手を伸ばした。その様子にアンディが声にならない声でショーンに問う。
「ショーン……」
サクラがアンディに向かって叫んだ。
「アンディ、違うの! ショーンのせいじゃない! ショーンはこいつらとは違う!」
突然暴れて叫び出したサクラに苛立ったお頭が喚き散らす。
「黙れ!このアマッ!」
なおも暴れるサクラを抑え込もうとしているお頭を手伝おうと、手下がサクラに近付き取り抑えようとしたが、思ったより激しく抵抗するサクラを相手に手元が狂う。この賊徒はトリガに指をかけたままだった。
「あああああぁっ!」
銃声と悲鳴と共にサクラの左太腿から血煙が噴き上がった。
サクラの血飛沫を見た瞬間、ショーンはこれまでに感じたことのない怒りと殺意で頭の中が破裂しそうになった。時間が止まったようにも感じていた。そして自分でも気づかぬうちに、アンディのホルスターからレイガンを抜き取り、サクラを撃った賊徒の額に向けて光束を照射する。ジュッという肉の焼ける音に続き、お頭の銃を右腕ごと薙ぎ払った。
頭を撃ち抜かれた男がゆらりと倒れていき、続いてお頭の右腕が地面に落ちる。
「うがぁぁああっ!」
お頭が右腕を失った痛みに地面を転がり回るのを見て、止まっていたショーンの時間がようやく動き出した。
アンディとゴローが足を抑えて蹲ったサクラに駆け寄る。
「サクラ! 大丈夫か!」
「痛むだろうが、我慢してくれよ……」
アンディがサクラを支え、ゴローが太腿をタオルでキツく縛り上げる。サクラは必死に痛みを堪えていた。
「リン! 救急箱を」
「待ってて、すぐ戻る!」
サクラを支えるアンディが言う前にリンはトレーラーへ駆け出して行った。
痛みで荒い息づかいにも関わらず、サクラはアンディに言った。
「アンディ……ショーンは悪くない……ショーンのせいじゃないんです……」
兄貴改め賊徒のお頭が右腕を失って無様に転げ回る姿をぼんやりと眺めていたショーンは、微かに漏れたサクラの声を耳にして正気を取り戻す。そしてすぐさまサクラの側に跪いて叫んだ。
「サクラ! サクラ……ごめん……ごめんな……。俺が……ガラスなんか探さなきゃ……こんなことには……」
サクラは弱々しく被りを振って微笑んだ。
「あなたのせいじゃない……。それにベンの笑顔のためだったんでしょう……」
アンディとゴローは顔を見合わせた。
「アンディ……ゴロー……ごめん。俺は……」
ゴローがショーンの背中を軽く叩いた。
「大丈夫だ。サクラは死なせねえ。お前も良くやった」
「アンディ……約束を守れなくてごめん……でも、どうしても俺は、許せなかった。大切な仲間を……サクラを傷つけた賊徒どもを……許せなかった……」
アンディが申し訳なさそうに言った。
「ショーン。少しでも君を疑って悪かった。僕の方こそ、ごめん」
間もなくリンとエリックたちが救急箱とストレッチャーを運んで来た。
・・・・・・・・
サクラの怪我は酷かったものの、生命を脅かすほどではなかった。
それを知らされたショーンは、緊張の糸がプッツリと切れ、サクラの生命が助かった安堵と、そして生まれて初めて人を撃ち、殺したことに慄き、泣き喚いた。自分でもこんなに泣けるとは思っていなかったが、吐きそうだった気分が多少は紛れていた。それでも涙が溢れ出て止まらない。
ゴローが隣に座って、泣き続けるショーンの肩を抱えてやった。
「ショーン。お前がそうやって泣くのを見てて、昔のアンディを思い出したぜ。あいつも、賊徒とは言え、人を殺すたびにいつも泣いていたんだ。それを見るたび、俺はアンディの心がいつか壊れちまうんじゃないかって思ってた。俺は賊徒なんか人の生命より軽い、ドローン以下だ、そう信じて来たから、あいつの苦しみをわかってやれなかった。だがな、仲間だから肩を貸す。頼りないかも知れんが、それしか俺にはできんからな。
ショーン。お前はもう賊徒なんかじゃない。立派に仲間を賊徒から守った、俺たちの大切な仲間だ。俺は、お前が今、何を考えているか、わかってやることはできねえが、それだけは忘れないでくれよ」
そう言ってゴローはぐいっとショーンの頭を抱えてやった。ショーンは鼻をすすり上げながらゆっくりと話し出した。
「ゴロー。俺はサクラを守ってやれなかった……。サクラの血を見た時、あいつらに傷つけられたサクラを見て、俺はサクラを救うのではなく、サクラを撃ったやつの頭をぶち抜いただけだった。大切に守りたかったものを守れない……やっぱり俺は出来損ないだった……」
「お前は良くやった。そんなに自分を責めなくていい」
アンディがコーヒーカップをトレイに乗せてやって来て、ひとつをゴローに手渡す。一口啜ってゴローが呟いた。
「ありがとな、アンディ」
被りを振ってアンディは微笑んだ。
「僕の方こそ。君にはいつも助けられてばかりだ」
ショーンは、アンディを見上げて自分の決意を語った。
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