第三部 隣国の敵意、友の真意

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【変容】  輸送船が到着してから数日が経過した頃、ステーション内は何となくピリついた雰囲気に飲まれている気がしていた。(くだん)の紛争に当事国と同盟関係にある大国が武器供与だけではなく、ついに軍事介入を行い、自国の兵士を援軍として投入した。他の同盟国も大国に追従(ついじゅう)し、(ほど)なくして反対側の当事国にも別勢力の大国が軍事介入を本格的に行ったのだ。  大国が常任理事国であるため、国連は各国の介入を抑止できず、拡大する戦場から市民を退避させる、と言ったまま手をこまねいて静観せざるを得ないようだった。  俺の国は相変わらずというか、直接的な軍事支援は行わず、避難民への救援物資を送り続けているようだが、必要な人々に届いてるかどうかまでは把握できていないらしい。それでもミサイルやドローンの誘導機器に転用可能な部品をあくまで『カメラ』『電子機器』などの名目で供与しているようだ。  国によっては供与ではなく兵器を売りつけるところもあり、資源と開発力のある国は特需(とくじゅ)で大きな利益を上げているらしい。そしてそれらの国々は、自分たちの利益を(そこ)なうであろう存在、木星資源計画への反対を国を()げて明確に(かか)げるようになった。 ・・・・・・・・  最初はピリついた雰囲気、くらいにしか感じていなかったが、鈍感な俺ですら日に日に重苦しい猜疑心(さいぎしん)敵愾心(てきがいしん)となってステーション全体を包み込み始めているのを実感していた。  木星ステーションでは、表面上では地球上での各国の係争に関わらず中立、国家の不介入を保っていたが、研究棟では早くも勢力の影響で研究員の担当部署が変わり、分断化が始まっていた。  この分断化は、ステーション内での無用な軋轢(あつれき)や衝突を回避するために新たなルールをいくつか生み出した。  その中でも最も面倒でくだらないと思ったのは、特定国籍ごとに食堂の利用時間が決められたことだった。俺はそんなクソみたいなルールに従うことはせず、自由に好きな時間で食堂を利用していた。当初はソンを連れて来ていたが、俺ではなくソンが周囲からの視線に耐えられなさそうだったので誘うことをやめた。ただ、できる限りの抵抗と抗議の意味も込めて、俺に割り当てられた時間帯と反対の時間、つまり反対勢力側の時間に食堂へ訪れ、そこにいる連中に話しかけ、食事を摂った。次第に俺はどちら側からも浮いた存在になっている自覚はあったが、構いはしなかった。こんなバカげたことは一時的なもので、いつかは元に戻ると思っていたからだ。 ・・・・・・・・  生産棟は相変わらず俺とソンで回していた。俺はいつも通りソンとバカ話をしながら仕事をして、たまに俺の部屋にソンを呼んだり、逆に俺がソンの部屋に行ったりして酒を()()わしていた。  今日も早々に仕事を終え、ソンの部屋で酒盛(さかも)りをしていた。いつも通りだった。今夜の(さかな)は『貯蔵庫行きの作物も勢力ごとに分けて納品するかどうか』と言う議論で俺たちは笑い合った。 「そう言えば……最近、食事に誘ってくれなくなったね」 「ああ、それな。俺と一緒だと周りからの風当たりがキツくなるだろ。俺は別に何とも思っちゃいないが、お前に迷惑かける訳にはいかないし。なぁに、こんなのは今だけさ……とは言えないが、(すぐ)にみんなくだらないことにピリピリしてたって気付くだろ」 「くだらない……か。そうだね。君にはそう思えるんだね……」  笑顔だったソンの顔が急に曇る。ちょっと悪ノリが過ぎたか。普段から一緒にいるせいか、俺はついつい忘れがちになる。ソンの国はナショナリズムの強い国だろうから、もしかしたら気を悪くさせたかも知れない。 「あー。俺の言い方が悪かった。俺はそうだな。国に属してるって言う意識が極端に欠けてるのかも知れない。学生時代を他国で暮らしたせいもあるかもな。俺だけじゃない……俺の国のほとんどの国民がそうかもな。自国の誇りとか、いつからかわからんが……少なくとも、俺の曾祖父(ひいじい)さんの頃からみんなすっかりなくなっていると思う。でも個性を重視するようでいて、その実、空気を察しろという同調圧力の強い国ではあるかもな。圧力はあるけど面と向かって強制はしないし。ただ、同じ国の中での人間でさえ、それぞれ違いがあるのはわかってるから、他の国々がそれぞれみんな違う事情を抱えてるのなんて当然だって思ってる、かもな。少なくても俺個人はそう思う」  酒が回り過ぎたか。つい余計なことまでペラペラと口に出してしまった。国に誇りを持たないから、有事の時に言い訳や言い(のが)れができるって寸法だ、と脳裡(のうり)()ぎったが俺は口をつぐんだ。  すると、神妙な面持(おもも)ちでソンが言った。 「世の中には色んな国がある。僕の国も、君の国も、地球にはたくさんの国があってどれも違うものだ。それは知っている。歴史的に見ればどの土地でも国としてのあり方や理念、人種、文化……それらは常に変容を重ねて来た。良くも悪くも。 僕の国と君の国は地理的には近いけど、それでも色んなものが遠い国だ。僕の国と似ている国はたくさんあるし、僕の国と反対の勢力下にある国も、その傘下ではそれぞれがどこかしら共通点があって似ている。でも、君や君の国は、そのどれとも似ていない。相容(あいい)れないと言う訳でもなく、しかし国としてぴったり寄り添う訳でもなく……君のように個々の違いを『違い』として()りのまま受け()れ、それに囚われない考え方は、とても素晴らしいけど……それは同時にどちらの勢力にとっても、危険でもある」  何だか話しの方向性がおかしくなって来ている。酔いが回っているのだろうか。元々顔に出ないヤツだからわからないが。 「ソン、飲み過ぎじゃないのか?」 「僕は今日はノンアルだ。まあ、どちらでも僕には関係ないけどね」 「え?」  そう言えば。  ソンの空けたパックをチラ見すると『ノンアルコール』と記載がある。  ソンは真顔で続けた。 「君は……僕らの勢力にとっても、敵勢力にとっても、全てのバランスを壊しかねない危険な存在だ。僕は、国の命を受けてこの木星ステーションに潜り込んだ工作員だ。ずっと君を監視していて、僕も僕の上官もそう判断した。だから、悪いけど……君にはこの木星ステーションから消えてもらう」  ???  ソンの言っていることの半分以上、いや……全部がまるで飲み込めず、頭の中でハテナや単語だけがグルグルと回っている。  何を言っているんだ?  工作員?監視?消えてもらう?  どう言うことだ?  混乱している俺を冷たく見つめていたソンは、おもむろに(ふところ)から銃器らしいものを俺に向け、躊躇(ためら)うことなく引き金を引いた。  どうしてだ?  俺は訳がわからないまま、全身を突き抜ける痛烈な衝撃を受け、そのまま全ての感覚を失った。
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