第三部 隣国の敵意、友の真意

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【疑念】  俺は、生きているのか……?  身体中に(しび)れを感じる。そして、目の前は真っ暗だ。  ああ、そうか。目が開いてないからか。何が起こったかわからない恐怖で頭の中が一杯だったが、俺は恐る恐る(まぶた)を開く。  視界に飛び込んで来たのは、何かの大きなスクリーンディスプレイ。そこには木星ではなく宇宙空間らしき闇と、大小の光を放つ星々が映っている。画面の右側にはステーションの支柱らしき外壁がチラリと見える。  ディスプレイには各種計器、何らかのステータスを示す様々な記号や数値が浮かび上がっている。ディスプレイの下側は、たくさんのスイッチやレバー類がひしめくコンソールのように見えた。  どうやら俺はそのコンソール前の座席シートに座っているようだ。フルハーネス式のスリングベルトでガッチリとシートに固定されている。手足は自由になっているはずだが痺れで力が入らず、動かすことができない。  ソンが撃ったのはショックモードだったと気づく。よくよく考えればステーション内で下手(へた)にレイガンを撃つ訳にはいかんだろう。外壁まで容易に貫通するだろうから。でも何故(なぜ)ソンは俺をあの場で殺さなかったのだろうか……?  そうだ、ソン。あいつは自分を工作員だと言った。  一緒に生産棟で作業して、飯を食って、酒を飲み、バカなお題を話し合って……今までのことを思い返して見ても、俺にはそんな素振(そぶ)りは微塵(みじん)も感じられず、全く想像もつかなかった。  ま、そう言う風に場に溶け込んで侵食し、組織の有利な方向へ持って行くために任務を遂行するのが、工作員の本懐(ほんかい)なのだろうな。  見事に、一杯食わされちまったなぁ。  ……って、暢気(のんき)にしてる場合でもなさそうだ。何故俺がこんなとこで、こうしてボケっと座っているんだ?  わからない。  信頼していた、友だと思っていたソンに(だま)されていたことが、存外に俺の心に重苦しい傷をつけていた。 『消えてもらう』  その言葉を思い出し、俺はその重苦しさを払うように、次に会ったらぶつけてやろうと、ソンへの(ののし)りの言葉を思い浮かべた。  だが、二、三言を思いついたところで、急に(むな)しくなって()めにした。  何かやらかしたのかも知れないと、俺は俺自身の行動や振る舞いを振り返ることにした。  俺の何がいけなかったのか。  仕事に対して不真面目で、面倒臭がりで、酒好きで、調子のいいことばかり言っていたのが気に(さわ)ったのか。まぁ……思い当たる(ふし)は多過ぎる、な。  あの時ソンが言っていた言葉を手がかりに、俺は何がソンの気に障ったのかを改めて考えてみた。 『個々の違いを『違い』として()りのまま受け()れ……』  違いを『違い』と受け容れることの何が悪いんだ?ソンも『とても素晴らしい』と認めていたじゃないか? 『それは同時にどちらの勢力にとっても、危険でもある』  どっちつかずの思想は、どちらの勢力にも悪影響を与えるって言うのか?そりゃまあ、平和ボケした日和見(ひよりみ)な態度なのは認めるところでもあるが、俺のちっぽけな考えだけで世界をどうこうするなんて、あまりにも、俺と言う存在を過大評価し過ぎだ。  何だか俺のどうでもいい性格に対して、難癖(なんくせ)をつけられているような気がして腹が立って来た。 『君は……僕らの勢力にとっても、敵勢力にとっても、全てのバランスを壊しかねない危険な存在だ』  これも完全に俺にとっては言いがかり以外の何ものでもない。俺はどの勢力にも肩入れしたりしていない……が、嫌がらせじみた考えで、食堂の利用時間外を変えていたのは、確かにそうか。 でもこんな些細(ささい)なことが国家間のどうのこうのって話になるのか?  それに、争ってる相手とバランスを取る、なんてバカげている。敵を力で屈服させて言うことを聞かせるのが戦争の目的だろう。  仮にそれが敵対勢力同士の軍事的均衡のことを指していたとして、そんなことに意味なんかあるのか?  それこそ俺なんかが関与するような事態ではないし……(むし)ろ俺のような無関心な人々が増えれば、戦争は停まらず、継続できるんじゃねえのか。  ……と、そこまで考えて、何かに辿(たど)り着いた気がした。  無関心が、戦争を継続させる……?  いやいやいや、戦争をおっ始めたヤツが悪いに決まってる……だが俺は、それが起こった背景をちゃんと理解しているのか?  考えれば考えるほど混乱に混乱が乗算されて頭痛がして来る。散発的に浮かぶ疑問や思考が、あちこちとっ散らかった方向へぶっ飛んで行くので、俺にはどうにも収拾がつけられずにいた。  一旦、落ち着こう。  しばらく頭の中を空っぽにすることにした。理解したところで、どうなる訳でもない。少し荒かった息(づか)いに気づき、深呼吸を繰り返す。深呼吸はストレスを軽減する、と前に誰かから聞いたのを思い出した。  ただ、俺の未来はあまりいい方向に向かっている訳ではなさそうだ。右側のハッチの向こう側から、空気の噴出音が聞こえた。  唐突にハッチが開く。苦労して顔を向けると、そこには、ソンが立っていた。 ・・・・・・・・  さっき思いついた罵声(ばせい)を浴びせようと声を出そうとしたが、(うめ)き声しか出ない。  ソンは俺を冷ややかな目でじっと見ていた。 「君にはこのステーションから消えてもらう」  またそれか。何かもっとこう、気の()いたことは言えないのか?こっちは色々聞きたいことがあるのに、あまりにも一方的にことを運び過ぎる。ソンらしくない。  俺の文句は言葉にならず、口の周りに(つば)の水滴を数個、浮かべるに(とど)まった。  そんな俺の様子を気にするでもなく、ソンが身を乗り入れ、コンソールを手早く操作する。エンジンに火が入った振動が(かす)かにシートに響いた。  一連の操作を()えたソンは、俺の右手に何かを握らせてハッチから出て行く。こちらを振り返りもしなかった。  ハッチが閉じられた瞬間に俺はシートに押し付けられる感覚に襲われ、ディスプレイに見えていたステーションの外壁が背後へと消えて行った。同時にディスプレイ上のステーションとの距離計が凄い勢いでカウントされて行く。  左右に映る星が流れて行く。  アトラクションなら楽しく嬌声(きょうせい)を上げる余裕もあっただろうが、全く悲しいことに、今の状況はそうではない。  体感で十分ほどの加速が終わると、シートに押し付けられる感覚がなくなった。ディスプレイに映るステーションの位置も距離計も表示されなくなっている。  何だか妙な雲行きと、色んなことが立て続けに起こっためか、状況に対して俺の頭は全くついて行けていなかった。  どうやら俺は、宇宙空間に放り出されたようだった。 ・・・・・・・・  俺は一体、どうなるんですかね?  誰とはなしに()うてみたが、それに答えをくれる気の()いたヤツは、俺自身も含めていないのはわかっていた。だが、そうでもしないと俺の気がどうにかなりそうだった。  次第に手足の感覚が元に戻って来て、俺は身体の自由を取り戻しつつあった。周りを見回して、俺がいる場所というか、俺が乗っているのは救命艇(きゅうめいてい)だと言うことがわかった。  行き先はよくわからないが、進行方向と思しきレーダースキャン情報には何の反応もない。  救命艇は文字通り輸送船などが破壊された時に一時的に避難するための乗り物だ。多少のイオン推進器は付いているものの、出力は輸送船には遠く及ばず、航続距離は短い。救難信号を出して漂い、どこかの誰かの輸送船に発見してもらうのがこいつの本領であって、惑星間航行なんて到底不可能な代物(しろもの)だ。  さらに問題なのは、俺にはこの救命艇の操縦はおろか、様々な機能操作も覚束(おぼつか)ない。普通自動車の免許取得にも苦労していた俺に、どうやってこいつの面倒を見れって言うんだ?  ひとまず身体の自由が戻ったので、俺を縛りつけていたスリングベルトを外そうとして右手に握っていたものに気づいた。  ソンが俺の右手に握らせたものだ。どうやら小さめのメモ用端末のようだった。  今更(いまさら)、何のために……?  (うら)み言でも書かれてるのか……?  今の俺は猜疑心(さいぎしん)の塊と言っていいだろう。  色々と疑念は尽きない。もっと嫌なことが起こるかも知れない。だが、何かの手がかりになるかも知れない、そんな一縷(いちる)の望みと期待がない訳でもない。  あれこれ考えるのは後でもできる。  俺は意を決して、メモ用端末を開いた。
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